第九十八話 転回
おりょう達は肥前守の最期を間近に見ることはなかったが、東町奉行が使わしていた伝令の一人から話を伝え聞くことが出来た。
「結局敵討ちが出来んかったな。」
「そうかも知れませんが、あの化けもんを何とかせんと。そもそもあいつが全ての根源でっしゃろ?」
「たしかにそうやな。あれを何とかするのが敵討ちみたいなもんやな。」
定吉と四方山の話をしていると、土手の上を馬が駆けてくるのが見えたので、おりょうは小手をかざして見やると
「あれ進之介とちゃうやろか?」
「ホンマですな。けど、なんや怖い顔してますな。」
「確かにそやな。あ、こっちに来るみたいやで。」
おりょうに気付いたらしい進之介は、馬を二人の方へ向けてやって来た。
下馬した進之介は憤懣やるかたないと言った様子で、
「おりょうちゃん、聞いてくれるかい?」
「進之介はんどうしたん?えらいご立腹のようやけど?」
日頃温厚な進之介が、ここまで怒るのは余程だと思ったおりょうが水を向けると
「そうなんだよ。淀の奴ら僕が同心だと思って馬鹿にして。」
進之介が語るところによると、東町奉行所の使者として淀城へ向かったのだが、進之介を軽輩と侮って碌に話も聞かずに門前払いにされたのだ。
実のところ、城主の稲葉丹後守は江戸にあって要職に就いていた為、城を不在にしていた事もあり、留守役の権限では城兵を動かせぬと言うことであったが、その話は進之介の事を気の毒に思った門番が教えてくれたもので、結局役目を果たせずに復命するざまになったということだった。
「なんや失礼な話やな。」
「私が馬鹿にされているのも腹立たしいけど、それ以上にこの火急のおりに引き籠もっていようとする淀の連中の態度が腹立たしくてね。」
そういって進之介は掌を拳で叩いた。
淀は無関心を決め込んでやり過ごすつもりなのだろう。
このままでは抵抗らしい抵抗も出来ず、京になだれ込まれる恐れもある。
佐太や船橋の陣屋などから人は出しては貰えているが、何処も少禄故に出せる人員は十数人に留まり、罠を仕掛けるのすら覚束ない人数にしかならず、正面切って戦うなどあり得ないことだった。
「淀に気張って貰わんとしゃあないんやけどなあ・・・。」
「取りあえずお奉行の元へ復命しないと。」
そう言って進三郞は再び馬に跨ろうとしたところ
「そや、うちあほやん。これがあるやんか!」
おりょうは突然大きな声を上げると、懐に差した十手を突き上げた。
思い立ったら吉日。
定吉に留守番を頼むと、おりょうは進之介を伴って淀へと向かった。
おりょうが淀へ向かった頃、お高は隠密の頭としての仕事に精勤していた。
「全くどうしてやろうかしら?大坂城兵がほぼ壊滅なんてやってられないわね。」
お高は江戸にいる幕閣との連絡と混乱している大坂の統制に頭を悩ませていた。
「お頭~。準備整いましたよ。」
お冬は緊張感の欠片も無い様子で、お高の下知を待っていた。
先に一度出たものの、思いの外あっさり大坂城兵が壊滅したので一度戻ってきていたのだ。
「相変わらず緊張感のない子ね。」お高は呆れつつ
「今頼りになるのは東町奉行所の面々だけだから、取り急ぎおりょうちゃん達と合流してちょうだい。」
「御意。」
お高の下知にお冬は一言だけ返して姿を消した。
「お澄は江戸との連絡をお願い。しばらくは亀山辺りまで往復して貰うわよ。」
「御意ですが、私が江戸まででたほうが早くないですか?」
お澄が首をひねりながら問うと
「状況がまだ錯綜しているし、追加の知らせを飛ばすかも知れないから、今は控えていてちょうだい。」
「解りました。一旦亀山まで出て江戸からの知らせを待ちます。」
そう言ってお澄もその場を離れた
「お壱は大坂の店で引き続き待機。京には私が直々に向かいます。」
「了解です。留守はお任せを。」
お壱には東町奉行所の援護も依頼すると、お高自身は京へと発った。




