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第九十七話 天網恢恢

霧のような煙が晴れて姿を現わした剛霊武(ゴーレム)は無傷だった。

直撃のせいか一瞬止まっていた剛霊武だったが、煙が晴れると何事も無かったように地響きを立て始めたので、城兵達にも焦りが見え始めた。

肥前守も内心

(平戸屋め、やり過ぎでは無いのか?)

初めて平戸屋の事に疑念を持ちはしたものの、裏切る理由も見出せなかったので、目の前のことに専念することにした。

肥前守は大筒から抱え大筒への切り替えを命じ、匁の大きな火縄と共に一斉に打ちかけるように差配した。

猛烈な火勢の前に辺りは燃焼した火薬の煙と臭いが立ちこめ、まるで霧でも湧いたように濛々と辺りを覆い尽くした。

野次馬達も煙っていく戦場を見て騒ぎ始めた。

「えらいこっちゃな。大筒に傷すら付かへんかったで。」

「やばいんちゃうか?何起こってるか判らへんけど。」

当然東町奉行所の面々も事態の推移を見守っていたのだが、かなり危ない状況になりつつあるとの認識を持ちつつあった。

「思った以上に危なそうやね。」

「姉御どうしはります?手出しするなとは言われてますけど?」

定吉が問いかけるとおりょうは

「そうも言うてられへんやろ。けど、ここはあかん。西町の顔も立てなあかんし。」

「そうでんな。今のうちに先回りしますか?」

「そうやね。多分お城の連中は蹴散らされるやろうし、西町の手に余るやろうしな。」

おりょうは東町奉行の許しを得ると、京街道を上り始めた。

剛霊武は陣に到達すると、馬防柵をなぎ倒して城代兵を蹂躙し始めた。

陣内は阿鼻叫喚の地獄と化し、馬防柵付近に居た砲術方は踏み潰され、為す術がなかった。

浮き足だった兵達は散り散りに逃げ出し始め

「何をしておる?逃げずに戦わぬか!!」

肥前守が怒鳴り散らして制止しようとしたが、混乱の際にあった兵達には無駄であった。

そのうち剛霊武は、とうとう肥前守の眼前にまで迫っていた。

「ま、まずい。」

肥前守は傍らに居た馬に跨ろうとしたが馬に逃げられてしまい、尻餅をついていると背後にまで剛霊武が迫ってきた。

「な、何と言うことだ!あと少し、あと少しで幕閣の頂点に登り詰められたものを!」

ヨタつきながら肥前守は逃れようとしたが、無駄であった。

「おのれ平戸屋!良くも儂を裏切ったな!!許さんぞ!地獄の底から呪ってやるからな!!!」

肥前守は野心の完遂を待たずに非業の最期を遂げた。

自ら仕掛けた剛霊武によって。

まさに天網恢恢(てんもうかいかい)と言うべき最期だった。


やや離れた場所から肥前守が剛霊武に襲われる姿を眺めながら、讃岐掾は為す術無く指をくわえて眺めているしか無かった。

程なく何か堅いものが潰されるような音が響き渡り、断末魔の叫びらしき悲鳴が聞こえたかと思うと、すぐさま静かになった。


一瞬の静寂の後、

「あー!叔父上ー!!」

讃岐掾の悲鳴に似た叫びと共に喧噪が戻り、城兵達の叫び声と馬蹄が砂埃と硝煙の中に響き渡っていた。

ひとしきり叫んだ讃岐掾は膝から崩れ落ち、その場から動けずにいた。


西町奉行所の者達が指示を仰ごうとしたが、下を向いたまま一言も発せず押し黙ったままで、西町の者達を戸惑わせていた。

このままでは埒が開かぬと見た次席の者が、東町奉行へ自ら使者に立ち怪物追討の指揮の全権を委ねた。

指揮を引き継いだ東町奉行は進之介を淀城へ派遣し助力を願い出ると共に、京の所司代へも使いを出して万全を期するように努めていた。

この状況を隠密であるお高も当然理解しており、すぐさま行動に移した。

江戸へは連絡網を使っていち早く知らせを送ると、お澄には続報を持たせるために待機させていた。

お壱には大坂の店にあって全体を掌握させ、お冬には剛霊武(ゴーレム)の足止めをさせるべく、おりょう達と合流するように命じて、自身は一先ず御前の元へ向かい状況によって自らの行動を決めることにした。

「本当はおりょうちゃんと一緒にいたいけど、頭である手前不本意ながらあなたに任せるわね。」

お高がさも残念そうにお冬へ命じると

「まあお任せ下さい。私の活躍振りにおりょうさんが惚れても恨まないで下さいね。」

「お・ふ・ゆ~」

「冗談ですよお頭。すぐ怒るのは悪いくせですよ。では。」

そう言ってお冬へ消えるようにしてその場を去った。


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