第九十六話 進撃
昼の日中に現われた剛霊武に天満橋界隈は大騒動となった。
突然八軒屋の船着き場にその姿を現すと、悠然として京橋方面へと歩き出したのだ。
周囲は騒然となってはいたが、前回とは違い辺り一面を破壊すること無く、何処かを目指しているといった様子で、地響きを立てながらひたすら前へと進もうとしているように見えた。
大坂城の目と鼻の先での出現に混乱すると思われた大坂城代兵は、恐ろしいくらいに落ち着いた様子で京橋口より出陣すると、いきなり剛霊武を追撃しようとはせず、野江の辺りにまで出て先回りをして京街道を遮るように陣立てをし待ち構えた。
当然の如く西町奉行所にも使いを出していたようで、こちらは少し慌てた様子はあったものの、讃岐掾へ肥前守からの連絡宜しく、滞り無く与力同心以下目明しやその子分まで集めると、剛霊武を囲むように後を追って大坂城代兵と連携する構えを見せている。
肥前守は全て己の企みであるだけに、策の内だと高をくくって落ち着き払っており、内実は知らずともその姿を見た城兵達も大将の悠然とした姿に安心しているようだった。
無論彼は、平戸屋が最初から裏切るつもりであり、肥前守を目的のために利用しているだけだとは知るよしも無い。
あれだけ目をかけ、助けてやっている平戸屋のことを露も疑った事は無く、寧ろ己の野心を実現する為の道具だと思っている節すら在ったのだ。
大坂の町人や近隣の百姓達は、陣を構える大坂城代兵達を遠巻きにして、化け物退治というこれから始まる活劇の見物をしようと数多く集まっていた。
同じような場所に東町奉行所の面々も集まってはいたが、西町より
「手出しは無用。貴殿らは野次馬どもを見張っておいて貰いたい。」
と言われてしまったため、表だっては何も出来ずにいる風だったが
「過日の化け物を操っていた連中の有り様を見る限り、町の方に何かやってこないとも限らない。ついては二班に分けて対処する。」
東町奉行はそう命じると、先に町内警固を進言していた大石には町の異変に備えて町中の警固を任せ、奉行自らはもう一隊を率いて取り急ぎ化け物が出た場所へと向かったのだ。
東町奉行所の一隊が到着した時には、大坂城代の兵達は陣を敷いて万全の態勢で臨んでおり、いつ備えたのか馬防柵が整えられ、火縄銃は元より大筒まで用意しているようで微かに火薬の臭いが漂っており、さながら合戦前の戦場のようでも在り、兵達の高ぶりすら伝わってくるようだった。
程なく土埃と
「ドスン、ドスン」
大きな音を響かせた剛霊武が重々しい様子で近づいてきた。
城兵達は無駄と思いながら一応警告めいたものを剛霊武に発しはしたのだが、
当然剛霊武は止まる事は無く、城兵の方も解りきったことなので間髪入れず次なる手を講じる。
大筒の傍らに控えていた砲術方の者達は、日頃の調練の成果を見せようと手早く準備を整えると、剛霊武へ狙いを定めた。
肥前守が合図を送るとすぐさま雷鳴のような音が轟き、次いでしばらく風が鳴るような音が響いて、地鳴りのような音と同時に土埃が舞い上がって剛霊武を覆い隠してしまったが、埃が晴れると剛霊武は無傷で陣への歩みを緩めずにいた。どうも砲弾は外れてしまったようだ。
「次!」と弾けるように号令が響くと、砲術方は先程以上の手際で準備を終えて次の号令を待った。
再び肥前守より合図が下ると、再度雷鳴のような音が轟き渡り、先程より短い風の鳴る音の後に
「ガンッ!」と
金属同士がぶつかったような鈍い音が大きく響き渡った。
どうやら上手く命中したらしい。
砲術方のみならず城兵達や周囲の野次馬までが固唾を呑んで見守っていると
剛霊武のいた辺りに濛々と湧き上がっていた煙が晴れ始め、うっすらと剛霊武の姿を現わしてきた。
肥前守も期待をにじませて
「やったのか?」と問うと
「直撃したようですから、おそらく。」
と、目をこらしていた近習の者は答える。
僅かな間ではあるが、辺りは期待と不安との沈黙に包まれていた。




