第九十二話 お志乃の昔語りその八
お志乃は空から屋敷の様子を眺めると、お誂え向けにお笹の許婚から婿養子となる進三郞が庭先に出てきていたのだ。
お志乃は静かに庭の片隅に降り立つと、進三郞の背後から視界に入って見せた。
突然眼前に現れたお志乃に対し進三郞は思わず声を上げたが、お志乃と知るやニヤついた顔を見せた。
「死んだと思っていたのに生きてたんだな。」
「そうですか。」お志乃は冷たく返した
「なんだ、つれないなあ。俺のことが忘れられなくて現れたんじゃ無いのか?」
進三郞は下心を満面に浮かべた表情でお志乃に近づいた
お志乃が後ずさらないのを良い事に襟のすき間へ手を伸ばそうとしたその時だった
ザシュッ!
何かが切られた音と血しぶきが上がった
突然のことに進三郞は何が起きたのか理解していなかったが,、腕に激痛が走り叫び声を上げてうずくまる。
「いいったい何が起きたんだ?う、腕があぁぁ」
目の前に進三郞の腕が転がっていた。
「痛いの?それは大変ね。」お志乃は冷たい目をして見下ろしている
進三郞は切られた部分を押えつつ恐怖で顔を引きつらせ、糞尿を流し流しながら後ずさりしていた。
「ひっ、止めてくれ!助けてくれ!俺が悪かった。謝るから頼む・・・。」
命乞いをする進三郞に向かって再び白刃が舞ったかと思うと、切られた逆の腕が肩から切り落とされ、更に陰部まで切られていた。
「あら、気を失ったのね。だらしないこと。」
すると遠くより聞き覚えのある声が聞こえてきた
弟分の小四郎だった。
お志乃はわざと大きな音を立てて注意を惹くと、小四郎は小走りで現れたのだ。
初めお志乃を認めてギョッとしたが、更に足下に転がるようになって呻いている進三郞を目にすると
「うわっ!あ、兄さん!何が・・・お志乃お前が何かしたのか!?」
思わず駆け寄って助け起こそうとしたその背後にお志乃が立つと
「大丈夫よ。先にあなたを送ってあげるから。」
そう言うや否や小四郎の返答も待たずに首を切り落としたのだ。
続いて進三郞にもとどめを刺して首を切り落とすと、自身が住まわされていた物置小屋の棚の上に並べておいた。
次いでお志乃はお笹を呼び出したのだった。
結納の準備で外出をしていたお笹は、見しらぬ子供より文を渡されそうになったのだが、初めのうちは気味悪がって受け取ろうとはしなかった。
しかし文の表にあった「志」の文字を目にした途端、何か思うところがあったのか奪うように手紙を受け取ると、建物の影に入って貪るように読み始めた。
そして読み終えるや否や、怒り心頭といった表情をあらわにして屋敷に戻ってきた。
母屋にも寄らずお笹は文に示されていた場所、かつてお志乃が住まわされていた物置小屋へ乗り込んでいったのだ。
怒気を全身に纏わせたお笹は怒鳴るようにお志乃の名を叫びながら戸を開け放った。
中は闇が広がっていたが、程なく目が慣れてくると鼻先あったものに驚いて思わず
「ひいっっ!」声を上げた
人の首が目の前に現れれば、さすがのお笹も声を上げずには居られない。
しかしその首が誰のものか判った時は、声すら上げられず息を呑んで見つめるしか無かった。
「あなたの許嫁は私が文字どおり奪わせて貰いました。」
お笹はいきなり背後から話しかけられたので、驚いて振返るとそこにはお志乃が立っていた。
一瞬怯みこそしたが、すぐさまいつもの強気な調子に戻ってお志乃に詰め寄った。
「お志乃!これはいったいどういうこと?」
「何時ぞやのお礼をしたまでですが?」お志乃が澄まして顔で答えると
「何がお礼よ!そもそも何であんた生きてるの?てっきり身投げでもして三途の川を渡ったと思ってたのに何で今ここに居るわけ?」
お笹は感情をあらわにして怒鳴り散らしたが、お志乃は表情を変えること無く
「三途の川を渡ろうとしたのですが、生憎引き留める方がおられて・・・。」
そう言って小首をかしげて見せると、その仕草が癇に障ったお笹は更に激高して
「巫山戯るな!!お志乃のくせに私に向かってそんな態度を取るなんて生意気な。大体これは何?人形の頭にしては気味が悪すぎるのよ!」
「これが人形の頭にみえるのね?何の頭かよく見てみれば?」
お志乃にそう言われてお笹が生首に近づくと直ぐに腰を抜かした。
「な、何なのよこれ・・・。」
言葉を失うお笹の背後に回ったお志乃は、静かにお笹の意識を奪った。




