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第九十話 お志乃の昔語りその六

翌日からお志乃は、羅天に預けられて天狗の修行を始めた。

日々の鍛錬は元より心身共に鍛える修行は烏天狗ですら厳しいものであり、人でしかも女人であるお志乃にとっては相当厳しいものではあったはずだが、お志乃は弱音一つ吐く事無く黙々と日々を過ごしていた。

「お志乃殿無理しなくても良いぞ。きついのであれば遠慮無く休むが良い。」

羅天は事あるごとに声を掛け、お志乃を気遣ったが

「いえ、大丈夫ですよ。無理はしておりません。一度死んだと思えばこの世に辛いことなど何もありませんから。」

そう言って羅天へ微笑んで見せた。

「そうか・・・ならよいのだが。」

羅天は心配そうにしながらも、余計な手出しはせずにお志乃のことを見守っていた。

修行の方は更に進み、剣術の修行を始める頃には天狗としての技はほぼ極め、人でありながら飛ぶことすら可能になっていたのだ。ここまで僅か二年ほどの出来事であった。

「恐ろしき才じゃの。いや努力のたまものか?いずれにしても凄い物じゃの。」

大介が感心した様子でいると

「慥かにのう、恐ろしき女子じゃ。この調子なら剣術を極めるのもそうはかかるまい。」

そう江三郎が応じると大介が茶化すように

「来年の今頃はお主など、お志乃殿に叶わぬようになっているかも知れぬのう。」

「ぬかせ、まだまだ人には遅れは取らぬわ。」

不機嫌そうに江三郎はそっぽを向いた。

お志乃の剣術は、大介の予想を遙かに上回る速さで力を付けていて、羅天だけで無く僧正坊すらも驚くほどで、坊自らが稽古の相手をする機会も増えていった。

そんなお志乃にとって修行は己の辛い日々を忘れる手段でしか無かったが、唯一憩いだったのが書物を読む時間だった。

天狗の技を解いた物やこの国の歴史書、仏書や兵法書などおよそ今迄目にする機会の無い書物ばかりで、目を輝かせていた。

殆どの書物は巻子(かんす)で相当旧い物ではあり、文字に至っては天狗の使う文字が多くを占めていたが、早々に天狗の文字を覚えたお志乃にとっては、苦も無く読み進むことが出来た。

「きっとおりょうちゃんうらやましがるだろうな。絶対私も見たいって駄々こねそう。」

お志乃はそう呟いて笑みを浮かべた。

書物と向き合い読み進んでいる間だけは、お志乃がお志乃に戻れているように感じていた。この時間だけは、古い友人の事に想いを馳せる事が出来たのだった。

もしかしたら、もう二度と会うことの叶わぬかも知れないと思いながら。

深い森の中、修行の日々も順調に進み少なからず余裕が出てくると、下界の話がお志乃の耳にも届くようになってきた。

「羅天様お手紙ですか?」

「おお、お志乃殿か。これはな下界に降りている烏天狗達がいろんな話を集めてきたものじゃ。これは大坂城代が新しく就いた話じゃな。えー内藤肥前守と言うものらしいな。」

「内藤・・・肥前守?」

そう呟いたお志乃の表情が険しくなっていたのを見た羅天が驚いて

「お志乃殿どうなされた?えらく厳しい顔をしておるようだが。」

「そいつは・・・肥前守は我が父を陥れ、切腹に追い込んだ憎い敵にございます・・・。」

お志乃は感情を噛み殺すように答えた

「それは誠か?そのような悪党が何故重い役を得られるのか・・・。」

「私の父に全ての罪を着せましたから。実際に取引していた平戸屋も父に強いられたとか言い募って、肥前守の口添えもあり身上一部闕所で後は構い無しでした。」

「なんと!真実を見極めることも無くか?」

「はい、時の大坂城代であられた土屋信濃守様は疑義を呈して上申して下さったのですが、その甲斐も無く父は切腹させられました。実際肥前守が関与した証拠もありませんでしたから。」

話を聞いて羅天は腕を組んで唸っていた。そこへ僧正坊もやって来て

「ご両人どうしたのだ?」

何気なく声を掛けた二人をよく見ると、何やら深刻な顔をしていたので

「何か困りごとかな?儂で良ければ幾らでも力になるぞ?」

僧正坊の言葉に羅天が

「実は・・・。」

羅天がお志乃との会話を話して聞かせたのだった。


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