第七十八話 独鈷杵
おりょうはもうダメだ思った刹那、黒い影がおりょうのの前に立ちはだかる
銃弾は黒い影の頭部に命中したようだったが、あたった瞬間僅かに弾を逸らすようにしたようで、貫通はせずに上へと流れていった。
「ちっ仕損じたか。」平戸屋は舌打ちをした。
お冬はすぐさま小柄を投げつけて平戸屋の2発目を防ぐ。
「うぐっ」小柄を食らった平戸屋はその場でうずくまった。
おりょうは自身の身に何も起きなかったことを不思議に思いつつ、目を開けるとそこには黒尽くめの人が横たわり、顔の近くに烏の面が割れて落ちていたのだ。
恐る恐る覗き込むと・・・そこには誰よりも見知った顔が
「お、お志乃ちゃん!?」
おりょうはお志乃と知って思わず抱きかかえた。
「なんで?なんでなん・・・。」
おりょうは泣きながらお志乃を抱きしめた。
「あれは・・・烏小僧・・・よね?」お冬が驚きの表情を浮かべて問うと
「間違いありません。けど、何故ここでおりょう様を身を挺して守ったのか・・・。」
お澄もどう答えて良いかと言った様子で佇んでいた。
その時、地の底から地鳴りがして辺りを揺るがした。
「あ、しまった!」
お冬は声を上げて祭壇を見ると、組まれていた祭壇が崩れ落ちて、地面から何かが湧き出して来るのを目の当たりにしたのだ。
「お冬殿不味くはありませんか?」
「そうね、こうなったら。」
お冬は懐からありったけの閃光弾を取り出すと、湧き出している先へ投げつけた。
すると祭壇を守っていた者の生き残りが自らの命を省みず、体を張って防いできた。それなりの殺傷能力を持つ閃光弾を至近距離で受ければ無事で済むはずも無く、血まみれになって倒れていく者が続出したが、祭壇には一発の閃光弾も中てることは出来なかった。
「ならば!」
お冬の閃光弾が尽きたと知ると同時に、今度はお澄が体術を活かして忍者刀を煌めかせひたすら呪文を唱えている『先生』に襲いかかると、息も絶え絶えになりながら狙いも構わず撃ってくる銃弾に邪魔をされて切り込めずにいた。
「おりょうさん!お願い!!」
「おりょう様しっかりして下さいませ!!」
お冬とお澄はおりょうへ必死に呼びかけるも、お志乃を抱きしめて動こうとはしなかった。
最早これまで、万事休すかと思われたその時、呪文を唱えていた『先生』が急に肩の辺りを押えて崩れるように片膝をついた。
見るとその肩には独鈷杵が突き立っている。
「先生!大丈夫ですか?」
平戸屋が思わず駆け寄ったが、『先生』は呪文を唱える事すら出来ずにうずくまっていた。
「この機会を逃せない、お澄行くわよ!!」
お冬は小柄を構えて戦闘態勢を整えると、お澄も忍者刀を構え直す。
その背後から独鈷杵を投げた張本人が姿を現した。
「流石役小角が通力を込めた独鈷杵だけはある。」
烏天狗の継信が満足げに新たな独鈷杵を構えて見せた。
彼は参謀として羅天の元に控えていたのだが、儀式の場所が判ったとの知らせを受けて出撃した烏小僧を援護すべく後詰めを羅天に託されたのだ。独鈷杵はその際に役のから渡された物だった。
一方『先生』は独鈷杵を抜こうとしたが抜ける気配は無く、更に
「どうなさいました?」平戸屋が慌てて駆け寄って話しかけると
「不味いですな、普通に話せるのに呪文が出て来ないのです。」
「本当ですか?あと少しだというのに・・・そんなまさか・・・。」
平戸屋は絶望したような表情で立ちすくんだ。刺さっている独鈷杵が何か特殊な力を纏っているようで、儀式が進められそうにも無い。
それは彼等にとっては悲願が消滅することを意味する。
多くの仲間を犠牲にしてまで祭壇を守っていたというのに、ここに来て復活が出来ないとなると絶望するしか無いのだ。
「平戸屋殿、まだ策が無いでは無い。」
「真ですか?してどのような?」平戸屋の表情が忽ち明るくなった。
『先生』は静かに頷くと平戸屋の耳元に何やら囁いた
「えっ、そ、それはしかし・・・。」
「これしかありません。仲間達の犠牲に応えることが出来るのは。」
平戸屋は『先生』の提案にためらいを見せたが、他に手段は無いと説得されて不承不承ながら提案に乗ったのだった。
そんな二人の遣り取りを見ていたお冬は
「あいつら何か悪巧みしてるようだけど・・・。」
「流石にここからでは何を話しているのか。口元だけでも見えたら読み取れるのですが・・・。」
お澄も相手の動きが判らないのが不気味ではあったが
「お嬢さん方ここで躊躇は無用。一気に押し切りましょうぞ!」
継信が声を掛けてきたのだった。




