第七十七話 狙撃
「何時ぞやは世話になったな。今夜はサシで勝負しようではないか」
そういって甲三郎は上段に構えた。
「出来れば今忙しいので、後日改めて・・・とは行かぬようだな。」
与一も刀を構え直して向き合う
先程まで与一と斬り合っていた鼬たちも遠巻きにして見守っていた。
張り詰めた空気が辺りを覆い、先程まで切り結んでいた者達は誰一人戦おうとはせず、息を呑んで二人を見詰めている。
あれ程の乱戦だったのが、今はたった二人が闘うための舞台と化していたのだ。
構えたまま微動だりしない二人だったが、延々と続きそうだった沈黙を破ったのは甲三郎だった。
じっと動かない状態に痺れを切らした甲三郎は
「チェストー!!」
掛け声と共に与一の方へ飛び込みながら、刀を振り下ろした。
突然のことであったが、与一は相手をよく見ていたこともあって落ち着いて甲三郎渾身の一撃を躱すと、隙の出来た肩口へと刀を振り下ろす。
甲三郎は咄嗟に刀を返して与一の刃を振り払うと、その勢いのまま二の太刀を繰り出した。
与一はひらりと太刀を躱して、即座に突きを繰り出して甲三郎に襲いかかる。
刀が交わる度に火花が散り、そのたびに周囲から響めきが起きるのだが、周囲の者達は目的を忘れてしまったのかすっかり観客となって闘いを見守っていた。
激しい打ち込合いはしばらく続いていたが、所詮烏天狗と人とでは地力の差は否めず、甲三郎は押され始めた。
「くそっ、このままでは・・・。」
甲三郎は起死回生の一刀を放とうとしたが、その為に出来た隙を与一に突かれた。
「隙あり!」
「しまっ・・・。」
甲三郎は受けることも出来ないまま切り伏せられた。
しばらくの沈黙の後、響めきが起こった。
甲三郎が討たれると鼬たちは一目散に逃げ出したのだが、突然のことに浪人達はどうして良いか分らず立ちすくんでいた。
与一が肩で息をしていると羅天からの知らせが届いた。
「儀式の場所が判ったようだ。既に烏小僧が向かっている。」
他の烏天狗達は顔を見合わせて静かに頷いた
一方おりょう達は邪魔者を排除しつつ地下への入り口を目指していた。
「外に居る連中は私が食い止めますので、おりょう様は先へお進み下さい。」
「よっしゃ!いくでー!!」
おりょうは勢いよく儀式の場所に乗り込むと、儀式の場は人の壁に守られていた。
「しゃらくさいな!おとなしゅう縛につきや!」
十手を突きつけて叫ぶとその返答は
バーン!!
銃声だった。
おりょうは銃声に反応して物陰に身を沈めた。
その後続くように銃声が何度か響き渡ったが、おりょうは相手の懐に飛び込むと忽ち数人を叩き伏せた。
別の者が銃を構えると再び身を翻して身を隠す。
すると程なく表の連中をあらかた片付けたお澄とお冬も追いついてきた。
「おりょう様大丈夫ですか?」
「はは、何とかな。けど・・・。」そういっておりょうは被り物をした連中の方を見やると
「確かに短銃とは厄介ね。でも」
そう言ってお冬はお澄と顔を見合わせて頷き合って合図を交わし
お澄が身を隠していた場所から飛び出すと、祭壇の周りに居た者達が慌てて銃を向ける
相手がお澄に注意を向けた瞬間、お冬が小柄を銃めがけて、持つ手を見事に捉えた
銃を持った者達は、次々と銃を落としてうずくまる。
おりょうも間髪入れず十手で叩き伏せて、次々と戦闘不能にしていく。
壁になっていた者達が一人、また一人と倒されていき、とうとう『先生』の背後を守る者は平戸屋一人となっていた。
「くそ、あと少しで剛霊武を呼び出せるのに・・・こうなればこの身に代えても・・・。」
平戸屋は覚悟を決めた様子で、おりょうの前に立ちはだかった。
「平戸屋!もう逃げられへんで!おとなしゅうお縄に付きや!!」
おりょうは十手を平戸屋に突きつけると、少しずつ間合いを詰めた。
バンッ!!
その瞬間、平戸屋は袖に隠し持っていた短銃で至近距離にいるおりょうを狙撃したのだ。
不意を突かれたお冬とお澄は音にこそ反応を示したものの、固まって動けずにいた。
「しもた!やられる。」おりょうは思わず目を閉じた。




