第七十五話 儀式
本堂の地下ではまさに剛霊武を呼び出す真っ最中であった。
地下には厳かな雰囲気に包まれており、ただならぬ様子が窺えた。
白い被り物を頭からすっぽり被り、裾は足下迄覆う出で立ちの者達、数十人が綺麗に整列して微動だりせず自立していた。
儀式の方も半ばを過ぎた様子で、『先生』が一心に何やら呪文のようなものを唱えながら、時折文字の書かれた経木のようなものを、火を炊き上げる祭壇に投げ入れている。
その装いや動きからは、やもすると修験者が護摩祈祷を行っているようにも見えたが、特徴のある西洋風の燭台が立てられている祭壇といい、唱えている呪文の異質さといい、仏教の護摩祈祷で無いことはしばらく見ていれば容易に分るもので、神道の加持祈祷ですら無いことも明らかだった。
煌々と炊き上げる炎が地下を照らし、禍々しさすら感じる空気が辺りを覆う中、平戸屋は『先生』の真後ろに控えて目を輝かせていた。
(いよいよ宿願が叶う。これはその一歩なのだ。)
この宿願は平戸屋一人のものでは無かった。この場に居る者達全ての者の願いでもあったのだ。
彼等は同じ神を同志同志であり、神に選ばれたと信じる者達の集まりでもあった。
(約束された土地でこそ無いが、選ばれた我々同志の為の国を得ることが出来よう)
彼等にとっては、同じ神を頂かない余所者と共に儀式を行うことは考えられないことであったが故に、あえて鬼道丸や甲三郎を護衛に付けなかったのであり、また、計画を余人に、殊に肥前守に知られる訳にはいかないこともあり、陽動のために集めた者は誰一人荒れ寺には呼ぼうとしなかった理由でもあった。
儀式の進む中、感慨にふけっていた平戸屋を現実に引き戻したのは、地上から漏れ聞こえた喧噪だった。
儀式中でもあり、気になりつつも目の前のことに集中しようとしたが、入り口の方から転げ落ちるような音と、逃げ込むように飛び込んできた者達の様子に、さすがの平戸屋も声を荒げた。
「一体何事です!神聖な儀式中ですよ?」
飛び込んできた者を詰るように声を掛けてきたが、当人達は一大事とばかりに競うように外で起きている出来事を口々に捲し立て始めた。
言っていること自体は支離滅裂で要領を得なかったが、やんごとなきことが起きていることだけは理解した平戸屋は、儀式を中座して階段を上り入り口に向かうともぬけの殻だった。
儀式の場所を守るために、かなりの数を配していた筈の本堂には誰の姿も見当たらない。
「この大事な時に持ち場を離れて一体何処をほっつき歩いているのだ?」
平戸屋は苛つきながら騒がしい外の様子を窺うため本堂の扉を開くと、そこには信じられない光景が広がっていた。
まさに鉄火場のような有様で、被り物をしている者達が右往左往して落ち着かず、時折怒号や叫び声が響き渡っていた。
篝火の下目の前にあるのは横たわっているに仲間達と、今まさに倒されようとしている仲間達、そしてその中心に居て大暴れしているのは
「あれは、何時ぞや伝蔵と一緒にうちの店に来ていた女目明しか・・・。」
おりょうが大暴れしていたのだった。
大立回るおりょうの姿を悔しげに見つめていた平戸屋は、集まってきた者達に
「ここであの女を食い止めないと、ここで死守するんだ!」
目の前に居た男が静かに頷くと、同じように白い布を頭から被った者達に合図して入り口を固め始めた。
平戸屋は儀式の場所まで戻ると、懐から小銃を取り出して儀式を行っている『先生』の真後ろに陣取り、何があっても守る構えを見せた。
『先生』の方は外の喧噪を知ってか知らずか儀式に集中していた。
炎は紅蓮から怪しげな色彩が混じり始め、おどろおどろしい空気が増し始めている。
唱える呪文は語気を強め、復活の儀式の終わりが近づきつつあることが窺えた。
剛霊武が姿を現すのも間もなくとなった。




