第七十四話 敵地侵入
荒れ寺の山門は固く閉じられており、中の様子は窺えないものの人が居ないのかという位、不気味なほど静まりかえっていた。
門前に立った二人はあまりの静けさに本当にここで儀式が行われているのかと訝しくは思ったが、お冬からの合図の白衣が本堂の辺りで舞っている。何か特別な施しをしているのであろう、月明かりや中で燃やしている篝火の光を受けてキラキラと光っていて、遠目に見れば一目瞭然だった。
「ここで間違えないようですね。おりょう様、様子を見てまいりますので暫しここでお待ちを・・・。」
そう言いかけるお澄におりょうが
「いや、うちも行くで。どうせただでは済まなそうな相手や、今飛び込んでも変わらへんわ。何よりここで待つなんてうちの性分が許さへんで。」
お澄は一瞬キョトンとはしたが、お高あたりからおりょうのことは聞かされてはいたのか
「承知致しました。くれぐれも無茶はなされないようにして下さいね。」
そういって微笑んだ。
お澄が先頭に立って潜り戸をゆっくり開けたが、そこには誰もおらず拍子抜けしたが、本堂のあたりをみるとかなりの数の篝火が焚かれていて、忙しなく動く人影も多数見受けられた。
「思ったよりも中に人はいるようですが、何故門を固めないのでしょうか?」
お澄が不思議そうに言うと
「多分他所であれだけ派手にやっているから、こっちはなるべく知られたくないんやろね、本堂回りだけやったら誤魔化しは利くやろうから。」
おりょうの答えにお澄は得心しているようだった。続けて
「それにうちらが思ってる以上に、人目につきたくない何かがあるんかもしれんな。」
「何か、ですか?」
「うん、そうや。それこそが勘所やと思うてる。とにかくなるたけ気づかれんようにせんとな。」
お澄は小さく頷くと、辺りの気配に注意しつつ前へと進み始めた。
足下で忙しなく動き回る人の姿を見ながらお冬は、己の全神経を集中して今起きていることを掌握しようとしていた。
「合図には気づいてくれたようだけど、間に合うかな?万全なら妨害工作も始められたのに・・・。」
お冬は忸怩たる思いを抱えてはいたが、身を犠牲にしてまで短絡的にことを進めようとは思わなかった。探索方は帰還するまでが任務である事を、良く弁えていたのだ。
無論命を落とすことがあるかも知れない。
で、あったとしても集めた情報は必ず送り届ける必要がある。
お冬は身を隠し、身の安全を確保しつつ必ずやって来るであろう味方のために、少しでも多くの情報を得ておこうと尽力するのだった。
「相変わらず意味不明な感じだけど、下への出入りはだいぶ減ったようね・・・。」
少し前までは人の出入りが激しく、大きな何かを抱えた連中が次々と下へと降りていっていたのが、先の『先生』と似たような出で立ちをした数名が降りてからは、ものを抱えた連中の姿は消えて、人の出入りも大幅に減っていたのだ。
その代わり、本堂回りの人が増えてこちらの方が賑やかになっていた。
時折聞こえる話し声は、異国のものが混じっているのか、お冬には全く聞き覚えのないものだった。
「琉球や蝦夷の言葉でも聞いたことはあったけどこれは・・・かといって蘭語でも無さそうだし?」
少なくとも理解出来うる言葉では無かった事もあり、先の平戸屋で目撃した連中とは全く違う空気を感じていたこともあって、お冬は思っている以上に面倒な事態が起きつつあることを悟ったのだ。
「合図は送ったけど、迂闊に飛び込まないように伝えた方が良かったかも・・・。」
お冬は少し後悔はしたものの、自分の知る隠密の面々を考えると、そんな迂闊な事をする粗忽者は居ないと言うことに気付いて苦笑いをした。
「とにかく、まずは合流して情報を伝えないと。」
お冬は今潜んでいるところから、どう脱出すべきかを考えることにした。
とにかく今は味方と合流して今迄得た情報を正確に伝える為に。
一方、お冬の置かれている状況を知らぬまま、おりょう達は本堂へと近づいていた。
猪突する嫌いのあるおりょうではあるが、お澄がいたこともあって自重し、いきなり飛び込むことはせず、近寄れるだけ近寄って間合いを計って侵入することにしたのだ。
本堂へとジリジリと間合いを詰めるように近づく二人に気付いたお冬は、
「あの近寄り方は・・・流石お澄ね隙が無い。これで次の動きが出来るわね。」
やって来たのがお澄と知ると、ここが好機とばかりに動き出すのだった。




