第七十三話 転進
おりょうの目にはあのまま鬼徹が押し返していれば、いずれ鬼道丸と名乗る鬼が力尽きて勝負が決まるように映った。
一旦息を整えようとした相手に息をつかせず力押しすれば勝てたであろう事は明らかだったのだが、鬼徹は敢えて相手の誘いに乗り一撃の打ち合いに応じたのだ。
おりょうは鬼徹の過去はよく知らない。鬼徹が多くを語らないからなのだが、これまでの付き合いで鬼徹の性格は充分に理解している。
その心情たるや彼の人となりを知れば尚更だ。
あの鬼は鬼徹の古い知り合い、おそらく相当仲が良かったのだろう。親友と呼ぶべき相手であることは間違いない。何時どのような理由で道が分かれたのか迄は知らないが、今でも大切な存在なのだろう。
「鬼徹も不器用なやっちゃな・・・。」
そんなことを思いながら、思考の方に気が行って一瞬おりょうの集中が散漫なった刹那、鬼道丸が飛び込むように鬼徹の間合いに切り込んできた。
その様子はあたかも獲物に襲いかかる狼のようで、息すら尽かせず瞬く間に懐に飛び込んでこられたら、躱すことすら難しいだろう。並の相手ならあっという間に切り裂かれていた。
並の相手ならば・・・
「よし、貰った!」
勝利を確信したのだろ、鬼徹を出し抜いて鬼道丸はしてやったりとばかりに叫んだ。
鬼道丸の刃が正に届かんとしたその時、鬼徹は下段の構えから鬼道丸の刃を跳ね上げるようにして払うと、返す金棒で隙の出来た鬼道丸の脇腹を全力で打ったのだ。
金棒は鬼道丸の身体にめり込み、何かが折れたような鈍い音がした
「ぐはっ!」
鬼徹が全力で叩き込んだ金棒の一撃を真面に受けた鬼道丸は、崩れるように倒れ込んだ。
正に一瞬、勝負は決した。
鬼徹は倒れている鬼道丸を、抱えるようにして自分の身体に引き寄せると
「鬼道丸生きているか?」
「か、金棒で思いっきり殴った奴が・・・よく言うわい・・・。」
息も絶え絶えながら強がる様子に鬼徹は小さく微笑んだ。
事の成り行きを、ただただ眺めていたおりょうを現実に引き戻したのは、お高の使いからの一報だった。
「おりょう様、お頭より伝言です。『お冬より火急の合図有、本命発見、天王寺の荒れ寺に向かうべし』以上です。」
「天王寺の荒れ寺?うちの知ってる場所かな?」おりょうは伝言を聞いて不安にかられていると
「このお澄がご案内致します。ついてきて下さい!」
お澄を名乗った少女は先頭に立つと、おりょうを促して走り始めた。
「あ、ちょちょい待ちいな~。鬼徹、定吉にあんじょう言うといて!」
おりょうは慌ただしく鬼徹に告げると、その返答すら待たずにお澄の跡を追って行った。
「お嬢、お気を付けて。」
鬼徹はおりょうの後ろ姿に一礼すると、鬼道丸に肩を貸してその場を離れて行った。
おりょうは懸命にお澄の後を追いながら、これから起こりうるかも知れないことを思慮しながら、現地に着いた際にやらねばならないことをあれこれ考えていると
「おりょう様、到着前に彼の地の情報を手短にお伝え致します。」
いつの間にかおりょうの隣にやって来たお澄に声を掛けられたのだ。
「今荒れ寺にお冬殿が潜んでおりますが、手負いのため自在には動けず合図を送るのが精一杯とのこと。それでも儀式の場所や状況は伝わっております。」
「お冬さん大丈夫やろか?」
「日頃の様子はともかく、あれでも伊賀の忍びです。探索に於いてしくじることはありませんよ。」
「それはさすがやな。お高さんもそうやけど不思議な人らやね。」
おりょうが感心しているのにお澄は構わず話を続けた。
「お冬殿によると儀式は本堂の下に祭壇を設けていて、周囲も厳重に警戒しているとのことです。」
「それはまた難儀やな?うちがさっき居たとこみたいに腕の立つ連中とかおるん?」
「それが、その手の連中は元より妖の類いもおらず、頭から布を連中が連中が固めているようです。」
「なんやそれ、連中は裏の裏をかいたつもりやろか?」
「それは分りませんが、お冬殿曰く『大事な儀式をするのに手練れも居ないのはおかしい、何か特別なやり方で守る自信があるのかもしれない、努々怠らぬように』とのことです。」
「なるほど確かにそのとおりや。どっちにしろ正面からいきなり飛び込むのは無しやな。」
お澄との会話が途切れた頃、二人は荒れ寺に到着した。




