第七十話 くノ一潜伏
お冬はどうしても天王寺の荒れ寺のことが気になっていたので、普段携わっている貸本屋として寺を訪れて内部を探ることにした。
「さてさて、相手はどう出ますか。」
お冬は寺の朽ち果てそうな裏口から寺に入ると
「こんにちは!貸本屋です!ご用はありませんか~。」
大声で呼び掛けた。
「どちら様ですか?」
すると中から妙な訛りのある寺の使用人然とした初老の男が現れた。
お冬はめいいっぱいの作り笑顔で
「貸本屋です。ご用はございませんか?」
問うと寺男は怪訝な顔をして
「貸本屋さんですか・・・儂には良く分りませんなぁ。」
興味なさげにするのでお冬は畳み掛けるように
「色々ありますよ?謡本に人情本、絵双紙に滑稽本、仏様のお話もありますよ?見料もおまけします。」
「いや~儂にはちょっと・・・住職さんに聞かんと・・・。」
もごもごしながら知らぬ存ぜぬを貫く風だったが、『住職さん』という言葉をお冬は利用した。
「ご住職と言えば、ここのご住職には昔お世話になった事があるんですよ!お元気ですか?お目にかかって過日のお礼を申し上げたいのですが?」
お冬にこう言われると寺男も困り果てて
「じゅ、住職は今いなくて・・・とにかくまた今度来て下さい。」
しどろもどろになりながらそう言ってお冬を追い出した。
「ありゃ、何かうやむやにされた・・・にしても怪しさ満載だね。」
追い出されたお冬は、昼間に潜入するのは難しいと感じ、一旦お高に復命することにした。
「確かに怪しいわね。とは言えあまりにも無防備では無いかしら?」
お高はお冬の報告を聞いて、そう感想を漏らした。
「お頭の言いたいことも分りますが、忍びとしての勘がここだって言ってるんです。」
「うーん、どうしたものかしら?」
お冬は頑として荒れ寺が本命だと譲らなかったが、お高としては二大戦力とも言うべき手練れがどちらも配されていないということが納得いかなかったのだ。
それでもこういう時のお冬が、一歩も引かないことも良く知っている。
「仕方ないわね。お冬は頑固だから。」
結局お高が折れることになった。
決め事としてはお冬は小まめに状況を報告することと、もし他の場所が本命だと判明した時は直ちに現場へ向かうと言うことを約束させてお高はお冬に自由を与えたのだった。
「ありがとうございますお頭!絶対間違いないですから、私が合図を送ったら直ぐに来て下さいね。」
お冬は数日分の食料や、連絡に必要な狼煙を上げる道具などを一纏めにし、夕闇を待って荒れ寺へと忍び込んだのだった。
「やっぱりへんな寺。というかここ数日で何があったのかな?」
お冬は忍び込んでから直ぐに異変に気付いた。先に訪れた時にも違和感を感じていたが、忍び込んでみてはっきりしたようだった。
「入れ替わっている?」寺の雰囲気もさることながら、人がまず違うことがはっきりしてきた。以前一度様子を見に行った時、見掛けた僧は誰一人いない。あれから大して日は経っていないというのにだ。
それどころか荒れ寺とは思えぬほど人が多く、その大半は勝手が分って無さそうな者ばかりで、下手をすれば僧としての嗜みすら無い者しか居ないようにさえ見えたのだ。
お冬は人気が無くなったのを見計らって本堂へ足を向けた。
「何処が法要よ、荒れたままじゃない。」
事前に調べた際、周囲には近々大きな法要が営まれるので、他寺から手伝いを頼んでいると説明して回っているそうだが、いざ本堂に入ってみれば荒れ果てたままで、ここのところ読経すらあげた気配も無いようだ。
また、お冬が本堂の中を歩き回っていると、足音の響き方が違う場所があることにも気付いた。
「何だろう?下に何かある感じかな。」お冬が音の違う場所を頻りに気にして歩いていると
「あっやばい。」思わず声を上げたと同時に
バン!と大きな音が本堂中に響く
お冬は何かが身体をかすめた刹那、焼けるような痛みを感じたのだ
堂内に硝煙の匂いと煙が満ちる中、お冬は咄嗟に物陰に潜み煙幕を炊いて視界を遮った。
煙の先に人影が二つ、一人は灯りを持っているようでもう一人の手には銃が握られていたが、火縄銃では無いようだった。
火縄なら火蓋を切った時の匂いで、お冬は撃たれる前に相手に気付く事が出来た筈だった。何より堂内に入ってきた段階で気付けない筈が無い。扉を開ければ微かな気の流れを感じ取ることが出来たからだがそれすら無い。
その後人影はしばらく堂内を歩き回り、お冬を探していたようだったが何処にも侵入者の姿を認める事が出来なかったからか、程なく諦めて立ち去っていった。




