第六十六話 天狗の差配
烏天狗達は八方に分かれて儀式を行うであろう先を探り続けていた。
多くの囮を排除して候補として残ったのは、平戸屋の別邸で相対した人の手練れと鬼の守る二カ所だった。
「この二カ所に振り分けるという事で良いかな?」羅天が辺りを見回しながら問いかけると
「異議はありませんな。参加する者の割り振りを早急に決めませぬとな。」
「妥当ではなかろうかの。差しあたり他にはこれという連中もおらんようだしの。」
「確かにな、どっちに使わされても腕が奮えそうで良い。」
皆が高揚感溢れる様子なのに対し、継信だけは落ち着いた様子で
「仰る事に異はありませんが、念のため想定外の場所が本拠の場合の別働隊は用意しておくべきかと。」
羅天達に進言した。
「それは慎重すぎやせぬか?継信らしいと言えばらしいがな。」
「まあそれが継信の良いところであるがの。」
「おぬし達は控えておれ。で、継信おぬしが別働隊を用意すべしとする理由は?」
継信は落ち着いた様子で
「人の手練れに鬼と来れば誰しもどちらかにいて儀式を行うと思いましょう。」
側で聞いていた役の(えんの)は静かに頷く
「それこそが連中の狙いで、誰もが思わぬ場所人員で事を起こすのではないかと愚考いたします。」
「確かにな。しかしのう・・・。」羅天は困り顔で腕組みをした。
「部外者が口を挟むべきではないかもしれんが、継信の言も一理あるのではないか?」
役のの言葉に羅天は静かに頷き、僧正坊も意をくんで
「では烏小僧に別働隊の任に着いてもらおう。良いかな?」
それまで黙って座っていた烏小僧は、僧正坊に促されるとニッコリ微笑んで
「その任喜んでお受け致します。本星の場所へ直ちに飛んでいきましょう。」
胸を張って答えた。
当日は与一の率いる隊と江三郎、大介の率いる隊とに分かれ、継信は全体を指揮する羅天の傍らにあって軍師役を務め、僧正坊は人の協力者との連絡を取りつつ全体の情報を集め、烏小僧は別働隊として待機、出撃は羅天の下知を受ける事とし、その際には数人の烏天狗が従う事となった。
決めるべき事を一通り決めてしまうと、後は各々が準備のために散っていった。
その様な中、烏小僧は一人佇んで遠く大坂の町を見るとは無く眺めていた。
「後悔しておるのか?」
後ろから役のに声をかけられた烏小僧は、少しだけ振り返ると
「後悔はありません。ただ・・・。」
「ただ?」
「友に偽りの姿を見せ続ける事が心苦しく思うだけです。」
寂しげに答える烏小僧へ役のは優しげに
「それは偽りの姿ではあるまい。友の前でこそ偽りなき姿を見せられているのではないかな?儂にはそう感じるがな?」
烏小僧は何も答えず静かに微笑むと話題を変えるように
「さて連中はいつ動き出しましょうか?」
「そうさな、暦的なものに意味があるのなら月の動きは無視出来まいな。」
「東洋は確かにそうですが、西洋もまた同じでしょうか?」
「天暦に東西の差はさほどあるまいよ。解釈には相違があるかも知れぬがな。」
烏小僧は頷いて日がすっかり傾き、月が現れ始めた空を見上げていた。
その頃、夕闇迫る町の中をお高とお壱と共におりょうは帰路についていた。
「おりょちゃん、大丈夫?御前の家にいた時からずっとおとなしかったけど?」
「べ、別に何も無いよ。うち、おかしく見える?」
「そうじゃないんだけど、ちょっとね。」お高は心配そうにおりょうの顔を覗き込んだ。
「ごめんごめん、うちらしくあらへんな。どうも理解が追いついてないというか、最近色々考えなあかんことも多すぎて、ちょっと考える力が落ちてるみたいやねん。」
おりょうは無理に笑顔を作って見せた。
「じゃあそういうことに今はしておくけど、本当に困ったら、遠慮せずに頼ってちょうだい。約束よ?」
お高はおりょうの両肩に手をやると優しく励ました。そして、お高にしては珍しくそれ以上はおりょうにちょっかい出そうともせず、手を振ると大人しく立ち去ると
「女将さん変なものでも食べたのかしら・・・。」
お壱は驚いた表情を浮かべて呟いた。




