第六十五話 愚僧
平戸屋は「先生」と共に多額の寄進をしている天王寺の荒れ寺を訪れていた。
「これはこれは平戸屋様よくぞおいで下さいました。いつも多大な心遣いに感謝しております。」
僧侶達は揉み手をしながら平戸屋を迎え入れると、平戸屋は一瞬眉間に皺を寄せて嫌な物を見るような表情を見せたが僧達には気付かれぬように商人らしい微笑みを浮かべて
「いえいえこちらこそ先祖供養をお願いしているのですから、この位は当然のことです。」
平戸屋は如才の無い返答をして見せた。
(相変わらず信仰心の欠片も無い唾棄すべき連中だがその分扱いやすい)
平戸屋は心の底から軽蔑していたが、外面からはその様なことは欠片も見せないでいる。
そしていつも通り庫裏に案内されると、平戸屋の方から用件を切り出した。
「実は近々大掛かりな加持祈祷を行いたいのですが、お願い出来ますかな?」
「勿論でございます.喜んで」お引き受け致します。ただ・・・。」
「ただ?」平戸屋は怪訝そうに問い直すと
「ご存じのとおり何分にも貧乏な荒れ寺で御座いますから、大掛かりな加持祈祷をする用意が御座いません。ついて費用を先にお願いしたいのですが・・・。」
僧は揉み手をしながらそう言ってニヤニヤしていた
「なるほど仰るとおりですな。して、いかほど御入用でしょうか?」
内心苛つきながら表情には見せずに平戸屋が問うと
「そうですねえ・・・千両もあれば整いましょうか?」
「せっ千両?一体何に用立てられるのか?」
僧の言葉に平戸屋は唖然としていたが、僧は平戸屋の様子を気に掛ける事も無く
「本堂を建て直したいですし、庫裏も準備の事を考えると広くしたいですし。」
臆面も無く答える僧に対して
「本堂を建て直す費用は既にお渡ししていたかと思いますが、一向に進めておられぬのに?」
平戸屋は怒りに満ちた目で睨みつけた
「そ、それはまだ費用が足りぬからです。まして此度のように大規模な加持祈祷をされるのでしたら当初の予定より更に立派なものを・・・。」
僧は苦しげな言い訳に平戸屋は心底呆れた表情をして
「庫裏は真っ先に豪華な造作へ作り直したのにですか?」
「庫裏は庫裏で必要ですから・・・。」
口の中でもごつく僧を見て平戸屋は、これ以上こいつらの要求に応じると際限なくたかってくるだけだと改めて理解した。
怒りを含んだ表情をしたまま押し黙っていた平戸屋に対して僧は
「出していただけないのでしたら、お預かりしているあれをお上に訴え出ても良いのですよ?」
「何?」
「我々はとっくに存じているのですよ?禁制品だという事を。」
「そうなればお前達も同罪では無いのか?」
「我々は何か良く分らずに預かっていただけ故、重い罪には問われませんよ。」
僧は涼しい表情でそう答えた。
平戸屋は強く目を瞑ると小さく息を吐いて隣にいる『先生』と目を合わせお互い頷いた。
(頃合いなので処分しよう)
意を受けた『先生』は
「何やら話が剣呑になってきましたな。ここはこの銘酒にて仲直り致しましょう!」
必要以上に明るい声を上げて僧に酒を勧め始めた。酒の香りに僧は
「おお!これはまさか、九年ものの古酒ですかな?」
「いかにも。よろしければ皆さんにも振る舞いたいのですが?」
他の僧達も促されてぞろぞろとやって来て総勢六名の僧が庫裏で席に着くと『先生』が恭しく各々につぎ始める。皆は身を乗り出さんばかりに注がれたぐい飲みを覗き込んでいた。
「では皆様、どうぞお楽しみ下さい。」
『先生』に促されて皆はぐい飲みをあおった。
初めは酒の味に満足した表情を浮かべていたが程なく皆が苦しみ始め、次々とぐい飲みを落としてそのまま事切れたのだった。
「雉も鳴かずば撃たれまい・・・僧侶としての分を小欲知足でおれば良いものを。」
『先生』が冷たく言い放った。
「同士はもうここに来ているのか?」
「既に寺内に待機しております。まずはこの骸を始末しましょう。」
程なく被り物をした一団が現れると、頭を丸めていた者数名が僧の衣類を剥ぎ取って自ら着用した。
その他の者達は骸を何処かへ運び出すと、儀式の準備を始めるのだった。




