第六十三話 御前会談
おりょうがお壱から御前の手紙を受け取ってから一週間ほどした頃、不意にお高の訪問を受けた。
「おりょうちゃんただいま!寂しかったでしょ?愛しのお高姐さんが今江戸から帰ってきたわよ!!」
全力でおりょうに抱きついてきたが、不意を突かれたおりょうはお高の熱い抱擁を真面に受けてしまった。
突然すぎて声すら出ないおりょうをよそに好きなだけ抱きつくと、接吻までしてきたのだ。
「お高さんなにを・・・。」いつもなら止めてくれるお壱も居なかったらしく、文字通りされるがままだったが、呆然とするおりょうを見て流石に不味いと思ったのか
「おりょうちゃん御免ね。ちょっとやり過ぎちゃった。」
「お高さん酷いよ。」半べそのおりょうにお高は懲りずに
「やっぱりおりょうちゃんかわいい。」
などというお高をおりょうは睨みつけると、お高はわざとらしく咳払いをして
「コホンっこれから御前のところへ伺うんだけど、おりょうちゃんも連れてきて欲しいって御前から。」
「そう言えば御隠居からお手紙を頂いたんや。その事も聞きたいと思ったんやけど丁度ええかも。」
おりょうも同意すると揃って御前の家へと向かった。
道すがらお高の江戸話を、半ば無理矢理聞かされて辟易としているうちに御前の邸宅へとたどり着いたのは昼餉の時分だった。
おたえに促されて座敷に通されると、既にお壱とお冬が控えていた。
おりょうはお壱とは面識があり何度となく遣り取りをし、度々お高に襲われる窮地からも助けて貰っていたが、お冬とは面識らしい面識は殆ど無く、以前見掛けた時の印象は仕草や物言いなどから何処かつかみ所の無さそうな雰囲気を受けた。
「良く来たね、取りあえず座りなさい。昼餉もまだだろうから用意させよう。」
御前からそう促されると断る暇も無く膳が運ばれてきた。
「昼餉までいただくなんて申し訳無いです。」おりょうは謝絶しようとしたが
「遠慮なんかいらんよ?折角作ったんやから食べてちょうだい。」
おたえにまでそう言われてしまってはご馳走になるしか無かった。
「久々の江戸はどうであった?」
「ええ、相変わらず活気がありました。騒々しい位に。」
お高は笑顔を見せながら食事中は他愛の無い話に終始していたが、膳が下げられると空気は一変した。
「まずは江戸で集めた事を先に文にしたためてお知らせはしておりますが、改めてご説明致します。」
お高は改まって説明し始めた。
五年前の事件については幕閣の中には肥前守のことに対して疑惑の目を向けていた者も少なからず居たが、追求する前に肥前守に先手を打たれる形で、当時大坂東町の奉行を務めていた掃部頭の処断が決められてしまい、そのまま終わった事になってそれ以上の追求が出来なくなってしまったと言う。
「では、儂が当時老中に宛てた書状も・・・。」
「はい、顧みられる事も無く結果として無視されたようです。」
「なんと言う事だ!」御前は苦々しげに呟いた。
おりょうは黙って座り二人の遣り取りを聞きながら、自分なりに当時の事を思い返していた。
当時のおりょうはまだ岡っ引きになるとは夢にも思わず、やや男勝りで元気な娘として町内では知られていた位だった。彼女にとって父親は尊敬に値する立派な岡っ引きでもあり、男としても包容力があり多くの者に慕われる理想の男であり、何より母親が早くに亡くなって以降、男手一つで育ててくれた掛け替えのない父親であった。
その父親も五年前の事件の真相を追っている最中に非業の死を遂げたのだった。
そんな事を思い返していると、お冬が先程のつかみ所の無いぼんやりとした感じから、引き締まった表情になって雰囲気を一変させると
「私が集めた話から判ったところによると、平戸屋は何やら西洋の禁術を行おうとしているようです。」
「西洋の禁術?伴天連の何かかな?」御前が問いかけるとお冬は首を振って
「どうも違うようです。似てはいるのですがより排他的というか、独善的というか、とにかく信徒以外は排除するような教えのようです。」
「そんな剣呑な連中が行う禁術とは何をしようというのだろうか?」
「式神のような使役する妖のようなものを作り出すようです。」
お冬は淡々と答えてはいたが、その場にいた面々は凍り付いていた。




