第六話 めし屋にて
お志乃と別れた一行は、行きつけのめし屋の暖簾をくぐっていた。
「女将さん邪魔するよ!」
「あら、おりょうちゃんいらっしゃい。今日は子分さん達と一緒なのね?」
おりょうは頷きながら店の奥へ入りいつもの場所へ腰を据えると、
「女将さん今日のお勧めを何品かと、こいつらにはお銚子を付けてやって。」
「姉御おおきに!」「お嬢いたみいりやす。」
子分達も相好を崩して席に着く。
程なくお銚子が2本と和え物が運ばれてきた。
「今日は鰻が入ったから白焼きにしますね。」奥から包丁を握る主人お声がする。
「ほんま!たのしみやわ。」おりょうは嬉しそうに応えた。
「そういえば姉御、さっきのお志乃さんてお武家さんみたいやけど、どんな関わりでしたん?」
「うちが三つか四つの時分にお志乃ちゃんのおとうはんがお奉行としてやってきて。」
「お奉行様のお嬢さん?接点ありませんやん普通。」
「やろ?でも幼馴染みやねん。」
「分をわきまえろって怒られませんでした?怒られますよね普通。」
「お嬢は普通じゃ無い。」
「鬼徹ぼそっと変なこと言わんといて。普通やふ・つ・う。」
滅多に無駄口は叩かない鬼徹に突っ込みつつ、事の次第を語った。
「実はお奉行様が親父にうち(娘)がおって、自分とこの娘と同じくらいの歳って知って、友達にしたいって言うたらしい。」
「それで源蔵親分が承諾したと?」
「簡単にうんって言うかいな。最初は絶対あきませんって。」
「絶対ってやっぱり身分違いやし・・・。」
「それだけやのうて、親父なんて言うたと思う?」
「なんでっしゃろな?」
「うーん」
子分二人は何だろうと言った表情でおりょうのを見た。
「うちの娘はお転婆で手が付けられへん奴で、お嬢さんに怪我させたり変なこと教えるかもしれません。堪忍しておくれやすって言うたんよ。どない思う?」
おりょうがほおを膨らませた。
おりょうを見ていた二人は顔を見合わせると、定吉が大声で笑い出した。
「そっそら親分の言うとおりや。それにしても姉御はやっぱり昔から暴れん坊でしたんやな。」
「確かに、小さい頃のお嬢も暴れん坊で、再会したときも変わっておられなかった。」
「ちょっと、何笑ってんの?失礼なやっちゃな。鬼徹も被せんといて。」
おりょうに拳骨を食らった頭をさすりながら定吉は
「でも結局友達になったんでっしゃろ?」
「うん、そうなんよ。」
おりょうは当時のことを思い出し視線を遠くに向けると続けて。
「お志乃ちゃんのお父上がね『娘の周りには大人しかおらず、近い歳の子がいなくて友がいない。初めての土地で心細いだろうし、何より本当の友を得るなら身分とか気にしない今しかないと思うのだ。源蔵、無理を曲げて頼む。奉行としてでは無く子煩悩な父親として頼む。』って手をついて頭を深々と下げたんだって。」
さっき大笑いしていた定吉が、表情を改めておりょうを見ていた。鬼徹は目を閉じて頷く。
「親父もあんな人やったやろ、お奉行に手を着かせてまでの願いを断ったら仁義に欠ける言うて承諾したんや。そのおかげで私はお志乃ちゃんて言う莫逆の友と出会えたんや。」
「あの、姉御、バクギャクの友って何です?」定吉がせっかくの良い空気をぶち壊すようにおりょうに問いかけた。
「そんなんも知らんのかいな。莫逆っていうのはな無二の親友って意味でな『老子』ってものの本に・・・。」
「あー姉御いいです。姉御の書物好きはよおー分かってますから。ホンマ堪忍。」
「定吉は相変わらずやな。字読めるんやからたまにはものの本でも読みや。」
まずいと思った定吉は、これ以上書物の話になる前にと話題を変えた。
「それより姉御さっき聞きそびれた物取り現場の話しやけど。」
「定吉達に何か話したっけ?
「なあーにも。だから聞いてますねん。」
「ごめん、ごめん。」
おりょうは自分の考えをまとめる良い機会だと思い、平戸屋の中でのことを子分達へ詳細に話して聞かせた。
「なるほど、そういうことやったんですか。それにしてもその平戸屋の主人てのもうさんくさい奴ですな。」
定吉の言葉に隣の鬼徹も頷く。
「で、姉御は何で盗みの後に部屋を散らかしたって確信したんですか?」
おりょうは少し得意げに
「それはね、こういうことや。定吉は端渓の硯って知ってる?」
「たんけい?それなんですか?鬼徹は知ってる?」
「確か唐の国の硯で大層高価とか?」
定吉の問いに鬼徹はボソボソと答えると、おりょうは笑顔で頷く。
「そのとおり。で、その端渓を平戸屋は持ってたんや。さすが大店やで。」
「端渓持ってたのと、盗んだ後に散らかした事に気づいたのってどんな関係が?」
「それはな、」おりょうが言葉を続けようとした矢先、店の戸が勢いよく開いた。
「おりょう親分大変です、大坂に烏が、烏小僧が出たんです。」
「烏小僧が・・・ここに?」おりょうは言葉を失った。




