第五十九話 会談
烏小僧は落ち着き払いながら、おりょうの背中越しに取引の内容を語り始めた。
「今お互いの持っている情報を交換する事と、我々の邪魔をしないで欲しいという事です。」
「知ってる事を交換するのはさておき、邪魔するなってちょっと一方的なんちゃう?うちには何の得も無い感じやけど?」
「無論そちらが利になる事は考えています。邪魔しないと確約していただけたなら、こちらからは五年前の真相を我々の今知り得ている範囲でお教えしましょう。」
おりょうにとって五年前の真相は気になる案件ではあったが、得体の知れない者から『真相を教える』と言われても俄に信じ難いものがあった。何より事の真相はおりょう自身の手で明らかにしたい思いもあり、この取引に応じる気も無かったが
「真相言うけど、それって裏は取れてるん?」
おりょうとしてはあれほど父親が調べても明らかに出来なかった『真相』を、何故どのようにして烏小僧が知り得たのかだけでもはっきりさせたかった。
「約束を頂くまでは詳細はお話し出来ませんが、人の理ではたどり着けなくとも別の理でならたどり着けることがあるのです。」
おりょうは烏小僧の『人の理ではたどり着けない』と言う言葉に、『彼は人では無いのか?』という疑問が芽生えた。少なくとも人の理で無いところとも繫がりがある事だろうかという事が頭に浮かんでいた。
「そのもの言いだけで信じろって言うんかいな?」
「それは貴方の判断にお任せしますが、こちらは嘘偽りも作り事も話す気はありません。貴方を騙したところでこちらには何の益もありませんから。」
烏小僧の落ち着き払った態度におりょうも話自体の信憑性はそれなりにあると感じたので
「あんたの言う事がホンマやったらあんた何者や?妖か何かか?」
おりょうは疑問におもっていたことをそのままぶつけた。
「妖ではありません。今のところはですが。」
「今のところ?何やそれ。」
「一言では説明出来ませんが、その境目に今は居る者とだけ理解していただければ結構です。」
おりょうとしては理解の範疇を超えている部分もあるが、完全な妖では無い事は理解出来た。このまま話を続けるかは悩ましいところではあるものの、烏小僧は話す事にかなり注意を割いているのかおりょうが少しづつ間合いを詰めている事に気付いては居ないようだった。
(あとちょっとやねんけどな・・・でも焦りは禁物やな。)
おりょうは烏小僧と会話をしつつ間合いを詰めていたが、烏小僧も本人が気付かぬうちにおりょうに近寄っていたようで、おりょうの跳躍が届く距離に間合いが狭まりつつあった。
「あんたの申し出は魅力あるけどな、うちは岡っ引きやで?盗人を完全に見逃す取引に応じる訳ないやろ?何より五年前の事はうち自身の手で明かさんと意味ないしな!」
おりょうはそう言って振り向きざまに烏小僧へ飛びかかった。
烏小僧は不意を突かれて一瞬おりょうに抱きつかれるようになったが、おりょうの方が驚いたような表情で手を離してしまったのだ。
烏小僧は辛くも虎口を抜け出すと
「貴方とはわかり合えると思ったが・・・仕方ありませんね。」
そう言って傍らの木の上に飛び上がり
「それではまた!次は負う者と追われる者としてお目にかかる事になりますが、その時までご壮健で!」
烏小僧はそう声を掛けると木々の中へと消えていった。その姿をおりょうは声を発せず他だ呆然と烏小僧を見送るだけだった。
おりょうは烏小僧に掴みかかった時、
「え、この甘い香りはまさか・・・。」
烏小僧から漂う香りに思わず手を離してしまったのだ。おりょうにとっては懐かしい大好きな人の香りなのだが、それが何故烏小僧から香ってきたのかおりょうには理解が出来なかった。烏小僧は小柄だが男のようであり、それだけに男が選ぶような香りでは無い事にも違和感を感じていたのだった。
「このおりょう様としたことが焼きが回ったわ。目の前の罪人みすみす見逃してしまうやなんて。」
おりょうはその場にへたり込んで暮れ始める空を見上げていた。




