第五十二話 隠密集う
おりょうと別れたお高達が御前の邸宅へ向かうは道すがら
「おりょうちゃんちょっと心配ね。」
「確かに。女将さんに正面から抱きつかれるなんてらしくないですよね。」
お高の言葉をお壱は冷静に返した。
「こっちの件が落ち着いたら、気晴らしに誘ってみようかな?」
「女将さんが近づかないことが一番良いのでは?」
お壱の追い打ちを掛けるような言葉を聞いてお冬は声を上げて笑った。
「お壱は相変わらず酷いね。お冬も笑いすぎ!」
そうこうするうちに御前の邸宅に到着すると、早速座敷に通された。
「すまんな、早速来て貰って。」
御前はそう言って席を勧めた。すかさずおたえがお茶とお菓子を運んでくる。
「いつもありがとうございます。」お高は礼儀正しく挨拶をした。
「そこまで畏まらなくても良いのに。」
「いえ、今日はお役目絡みの話ですので。」
お高はそう言って微笑んだ。
早速話題となったのは、先にお冬が見聞きした平戸屋別邸での話を江戸に報告した事の返答だった。
「先の件、江戸からは何と?」
「一言で言えば『唖然』とのことです。」
「まあ、そうなるであろうな。」御前はそう言ってあごを触った。
「私は嘘偽りを申してはおりませんよー。」お冬は緊張感の無い様子でそう言うと
「それは私がよく知っています。江戸も私からの報告だからこそ困っているようです。」
「他の者なら戯れ言か虚言で済ましておったろうな。」
「女将の隠密としての力量と評価は日の本一ですからね。性格はちょっとあれですが・・・。」
「お壱なんでいつも一言多いの?そこは褒めて終わるところでしょ?」
お高が気色ばむと
「別に私は褒めたのでは無く、事実を申しただけです。」お壱は澄まして受け流した。
御前は二人の遣り取りを見て苦笑いしながら
「その腕利き隠密の報告だけに幕閣達も無視は出来ぬだろうな。で江戸はどうせよと?」
お高は居住まいを正して
「平戸屋の件は剣呑な出来事でもあり、何かしら良からぬ企みがあることは間違い無さそうなので、これまで以上に注視せよと。」
御前は静かに頷く。お高は続けて
「これまで以上に肥前守から目を離さず、身辺に探りを入れよと。」
「ほう。肥前守が怪しいのは間違いないが、確たる何かを見つけて欲しそうだな。」
「実は肥前守が不可解な上奏文を挙げてきたようで。」
「不可解な上奏文?それはいかなるものなのだ?」
御前が問うとお高は
「上奏文の内容をかいつまんで言うとよくある話で、『町民達はお上の恩恵を忘れ好き放題してその行いは分をわきまえず、商いにおいても不義を行い目に余るものがある、ついては綱紀を粛正しもって百戒と成すべく取り締まりを行いたい。』って。」
「確かにありがちなやつだな。特に能なしがやりたがる手合いの。」
御前はそう言って切り捨てながら
「とはいえ今何故という感じではあるな。時期でもあるまいに。」
「そうなんですよ。だから幕閣も困惑したようですが、とはいえ不可とするような事でも無く、近々承認するとか。」
「で、その様な上奏文を挙げてきた真意を探れと言うことか?」
「左様です。ことにあの時烏天狗が奪ったという人形といい、禁制品の密輸の嫌疑もあるだけに
幕閣も確たる証拠が欲しいのだと思います。」
「五年前にも怪しい動きをしていたが、あの時は尻尾を掴むことができなんだ。今度こそ・・・。」
御前の表情から確たる決意を感じたお高は
「探索はお任せ下さい。私たちが企みの全てを明かして見せますよ。」
胸を張って言い切った。
「お頭~がんばってくださいねー。」
「貴方も頑張るのよお冬!」
お冬は茶目っ気たっぷりの表情で肩をすくめた。
その後は今後の成すべき事や、長崎への探索の段取りなどを話し合い、夜四つ過ぎた頃にお高達は御前の屋敷を辞した。
「取りあえずお店に戻りますか?」お壱が問うと
「そうね長崎探索の人選もしなければならないし、お冬はどうする?」
お高に促されたお冬は
「そうですね~このまま平戸屋を探ります。お頭、出来たらしばらく店から外れて良いですか?」
「そうね、其の方が良さそうね。探索を専門にやってちょうだい。」
「ぎょい!」お冬は元気に答えるとそのまま闇に消えていった。




