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第五十話 番屋にて

烏小僧と相対したあの夜以降、大坂の町は平和そのものであった。

東町奉行所の月番になった途端、烏小僧は鳴りを潜めていたのだ。

東町の月番も半ばにかかりつつあったこの日も、おりょうはいつもの朝の見回りを終えて番屋に戻った頃合いだった

「あれ、おりょうちゃん。おはよう!」

おりょうは声に振り向くと、そこにはお志乃が立っていた。

「お志乃ちゃん!おはよう!」おりょうは笑顔を向けて応えながら

「お志乃ちゃん晦日明けの朝以来やね。相変わらず忙しい?」

「うん、本当にちょっと久し振りだね。私の方は相変わらずよ。」お志乃も笑顔だった。

「そうなんや、この間のとこはまだ行ってんの?」

「うん、でもだいぶ落ち着いて今日はのんびりするつもり。おりょうちゃんはいそがしい?」

「そうなんや。うちは全然。あの日以来烏小僧はでてけえへんし。今日も朝の見回り終わったらなんもやる事なくて、もう暇やねん。」

「じゃあ久し振りに。」

「うん!」

おりょうは元気に応えると

「ごめん定吉!ちょっとお志乃ちゃんと出てくるわ。」

「へえ、姉御、ごゆっくり。」

おりょうはそう言って番屋の定吉に声を掛けると

「じゃあいこか。いつものとこでええ?」

「うん!楽しみ。」

二人は手を繋ぎながら馴染みの甘み屋へと足を向けた。


番屋では二人を見送った定吉が捕物道具の手入れをしながら

「あの二人仲ええな。」

同じように道具の手入れに余念のなかった鬼徹に話しかけると、声にこそ出さなかったが鬼徹は何度も頷いていた。

「そういえば探してた同郷の奴って見つかったんか?」

余程暇だったのだろう。聞くとは無く定吉は鬼徹に問いかけると

「いや・・・まだ。」鬼徹はボソリと答えた。

「確か古い知り合いやったっけ?」

「ああ、まだ刀を打ってた時のな。」

「それにしても鬼やったらすぐにでも見つかりそうやけどな、案外上手い具合に人に紛れるんやな。」

「まあな、儂も正体を知ってるのは亡くなった先代とお嬢、そしてお前くらいだ。」

「そうやったな・・・。」

定吉はそう言って鬼徹と初めて会った時のことを思い出していた。

「それにしても、鬼の姿の儂をみて怖がらなかったな何故だ?」

「そうやったけっか?忘れてもうたわ。まあ、驚いたけど怖くは無かったかな?むしろあん時は頼もしかったわ。」

そう言って定吉は鬼徹に向かってニカッと笑いを向けると、鬼徹も不器用に笑って返した。

彼等の出会いは五年前、おりょうの父親の源蔵親分が非業の死を遂げた時に遡る。

賊に襲われた源蔵を助けたい一心で助けに躍り出た定吉は、憧れの親分を助けることはおろか少年の非力な身ではいたずらに命を危険に晒すだけだった。

定吉の命も風前の灯火となり、若き命を当に散らさんとした時、彼の前に現れたのが「鬼」だった。

筋骨隆々の鬼は襲いかかる賊を、あたかも瓜を投げるが如く軽々と投げ飛ばし、瞬く間に片付けてしまったのだ。

「すげえなあ・・・。」助けられた定吉は呆然としていた。

鬼はチラリと定吉を見やって無事を確認すると、源蔵の元へと急いで駆け寄っていったが、源蔵は既に虫の息だった。

「おお、鬼徹か・・・。」

源蔵はなんとか開いていた片眼で認めた鬼に向かい、名前を呼びかけた。

「親分さん申し訳無い。もっと早く来られたら・・・。」鬼徹と呼ばれた鬼はその場で泣き崩れた。

「まったく・・・ざまねえよな。おめえのせいじゃないよ・・・それより。」

そう言って源蔵は腰に差していた十手を掴み力を振り絞って引き抜くと

「鬼徹・・・おりょうを頼む。鬼のおめえさんに頼むのは筋違いかも知らんけど、信頼出来る奴に託したいんや・・・。」そういって十手を鬼徹に手渡すと事切れた。

「親分!」鬼徹は源蔵を抱きかかえておいおい泣いていた。

定吉はその様子を眺めながら、ただただ立ち竦んでいるしかなかった。涙は流れなかった。絶望感と非力さに打ちのめされて。

「大丈夫か?」

「う、うん」不意に鬼徹に声をかけられて定吉は生返事をした

「大丈夫なら少し手を貸してくれないか?」

定吉の手を借りて源蔵の遺体を鬼徹が抱え上げると、十手を定吉に預けて番屋へと歩き始めた。

ふと我に返った定吉が鬼徹をみた時、鬼徹は人の姿をしていた。定吉は夢でも見たのかと思った。

その後定吉は番屋に転がり込み、鬼徹と共におりょうを支えるのだった。



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