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第伍話 幼馴染み

「姉御、さっきからずーと唸ってはるけどどないしたんでっか?」

松蔵と別れてから難しい顔をしているおりょうを定吉がのぞきこむようにすると、

「わっ!定吉!びっくりするやん!!」

突然目の前に現れた定吉を睨みつけた。そして

「いったっ、何するんですか?」

思いっきり拳骨を食らった定吉は頭をさすりながら恨めしそうな顔を向けると

「人が深刻に悩んでいる時に、いきなりその緊張感の無い顔を見せるからやん。」

「顔は生まれ持ってのもんでどうも出来まへん。そんなことより、姉御はさっきからうんうん唸ってるだけで、何かあったんかて気になリますやん。」

 先ほど訪れた平戸屋には松蔵親分と二人しかは入れなかったため、定吉と鬼徹は待ちぼうけを食らっていたのだった。

 「それは・・・そうか。」

 おりょうは少しばつが悪かったが、何をどう話して良いのか、おりょう自身まだ考えが纏まっていなかった。

 平戸屋での一件は何か途轍もないことの予兆のようでもあり、さりとて確信のようなものは無く、もしかすれば、平戸屋の主人が言うとおり奉公人の狂言なのかもしれない。今はまだおりょうの思考の中であれこれと巡っているにに過ぎず、子分達に話すには材料がなさ過ぎたのだ。

「とにかく今はもうちょっと待って、考えが纏まれへんねん。ホンマごめん。」

「はあ」

 おりょうの申し訳なさそうな様子に定吉は生返事を返すしか無かった。

「とにかくこれから何が起こるか分からへんし、今日はご馳走でも食べて力蓄えよう。」

おりょうは努めて明るく振る舞うと、先に立って歩き始めた。

「姉御、ご馳走は嬉しいけど、変なこと言わんとって下さい。姉御の予感はよう当たるんですから。」

「確かに。」鬼徹はぼそっと呟くように定吉の言葉を肯定した。

 二人の子分を従えながら、おりょうは再び思考の中に身を置き始めた。

『そうやな、自分の頭ん中で考が纏まんないときはな、誰かに話してみいや。話してるうちに案外纏ってくるもんやで。』

突然、父親の源蔵の言葉がよみがえってきた。

「そういえばおとうちゃん、お母ちゃんが生きとった時よう話しとったな。お母ちゃん自身は話してくれるのはええけど、話半分もわからん時もあるって笑いながらいうとったな。」

源蔵は妻が話しを理解していないことは多分知っていたのだと思う。ただ、話しながら自分の頭の中を整理していと思うと思う。あの頃は父親が何を考えていたのか今ひとつ分かっていなかったが、今なら分かる。

おりょうは小さく頷いて正面に向き直ったその時、目の前に懐かしい人の姿を認めた。

「おしのちゃん・・・?」おりょうはつぶやきながらその人の元へ走り寄っていく。

「姉御どうしたんです?」「お嬢?」

子分二人は何が起きたか分からないまま呆然として、おりょうの後ろ姿を見つめていた。

「おしのちゃーん!!」

おりょうは背中を向いていた女性に向かって大声で呼びかけた。

呼びかけられた女性は一瞬ビクッとして両肩が上がったが、落ち着き払って肩越しに声をかけた方へ視線をやった。

「おりょうちゃ・・・ん?」刹那驚いた表情をしたが、おりょうが近づいてくると表情を作って笑みを浮かべながら振り向いた。

「おりょうちゃっわあっ」

「お志乃ちゃん!!!会いたかったよ!」

おりょうはお志乃と呼んだ女性に思いっきり抱きついた。

「いつ帰ってきたん?懐かしいわあ」

「おりょうちゃん痛いよ、苦しい」

「あ、お志乃ちゃんごめん。嬉しくてつい。」

おりょうは、お志乃に巻き付けた腕を照れながらほどいた。

「おりょうちゃんは相変わらずね。元気そうでよかった。」

お志乃は笑いかけながら、愛おしそうにおりょうを見た。

「お志乃ちゃんはきれいになったよね。昔はかわいかったけど、今はきれい。」

「そんなことないよ。」お志乃は照れてうつむいた。

「あれから5年。か」

「うん、長くて短かった。」

二人の間になんとも言えない、ほろ苦いような空気が流れた。

その空気を振り払うようにおりょうは、

「ところでお志乃ちゃん。いつ上方へ上ってきたん?水くさいやん。」

おりょうは少し膨れてみせた。

「おりょうちゃんごめんね。10日ほど前に着いてたんだけど色々忙しくて。」

気まずそうにお志乃は答えた。

「ゆるさへん。落ち着いたらちゃんと埋め合わせして貰うで。」

「うん、絶対。おりょうちゃんは今も番屋に?」

「何も無いときはいつもおるから。あの頃と一緒やで。」

おりょうはめいいっぱいの笑顔を見せた。

おりょうとお志乃が懐かしい空気に浸っていると、定吉と鬼徹が二人を見比べるように近づいて声をかけてきた。

「姉御そちらの方は?」

「定吉は初めてやな。お志乃ちゃんゆうて私の幼馴染みで親友や。」

お志乃は小さく頭を下げた。

「えらいべっぴんさんやな。おしとやかそうやし、姉御との接点がみえへん。」

定吉の言葉に鬼徹もうんうんと頷いた。

「失礼なやっちゃな。」おりょうは二人を睨みつける。

お志乃は微笑みながら、

「そうでもありせんよ。小さい頃はおりょうちゃんよりお転婆だったかも。」

「以外やな・・・。」「・・・。」

子分達は顔を見合わせた。

「それよりお志乃ちゃん。今からこいつらとご飯なんだけど、一緒にどう?」

「おりょうちゃんごめんね。これからまだ用があって・・・。」

「そっかー残念やな。じゃあまた今度。絶対やで!」

おりょうは済まなそうな表情を浮かべるお志乃に大きく手を振って去って行った。

「ほんと・・・おりょうちゃんごめんね。」

そう呟いておりょうを見送るお志乃の目には暗い影が差していた。


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