第四十九話 悪暗躍
内藤肥前守は途轍もなく不機嫌だった。
甥が奉行を務める西町奉行所は翻弄されるだけされた挙げ句、月番のうちに烏小僧を捕える事も出来ずそればかりか、当の甥は烏小僧を眼前にしながらまんまと逃げられた上に醜態まで晒してことが大坂中に知れ渡ってと面目丸つぶれとなっていた。
更には、この日まで念入りに準備を進めていた企みが得体の知れない妖の為に邪魔され、水疱に喫したかも知れないと言う事も不機嫌さに拍車を掛けていたのだった。
「どいつもこいつも使えぬ奴ばかりで頭が痛いわ。」
「肥前守様面目次第もございません。」
不機嫌な表情を浮かべていた肥前守に対して平身到底に詫びていた平戸屋は続けて
「手練れを揃えてはいましたが、んともしがたいんともしがたいと言うか・・・。」
「こちらにも鬼道丸とやらが居ったのでは無いか?剛力無双との触れ込みであった筈だが其奴はその時何をして居ったのだ?」
「連中の操る式神に釣られている間に奪われた次第で・・・。」
「はっ?巫山戯て居るのか?もう少しまともな奴は雇えなかったのか?折角鬼を雇っても意味が無いでは無いか。他に気の利いた物はおらなんだのか?」
「いや、あれはあれで大層腕が立つのです。此度は連中が狡猾だっただけ。本人も次は後れは取らぬと申しております故、何卒ご容赦下さい。」
肥前守は内心『言い訳ばかりし追って。』と思ってはいたが
「して、剛霊武とやらの核の在処は分らぬままか?」
「面目次第もございません。あちこちに人を遣って・・・。」
平戸屋がそう言いかけると背後に甲三郎がやってきて耳打ちをした。するとみるみる平戸屋の顔が明るくなると肥前守に向き直って
「肥前守様、足取りが掴めました。」
「真か!して委細は?」
「どうやら北堀江の壺井屋の主人の手にあるようです。」
「北堀江の壺井屋?どうにも分らぬが何者だ?」
「確か木村蒹葭堂と名乗っていて、古物や奇石、典籍の蒐集で名を知られているようです。」
「木村蒹葭堂、その名なら聞き及んで居る。にしても何故その様なところへ?蒐集品として手に入れたのかも知れぬが、少なくともあれを奪った者どもは金目当とは思えなんだが?」
「何か目的があって蒹葭堂に託したのではございませぬか?かの者は博学だと評判でしたから。」
「博学と言う事なら異国の言葉にも通じて居るやもしれぬな。」
「おそらく。だとすると不味いですな。あの人形の文字を読み解いてしまうやも・・・。」
「確かにのう。ところで蒹葭堂に持込んだ者は誰か判るか?」
そう問われた平戸屋が後ろを見やると控えていた甲三郎が
「泉州屋にございます。旧知の者より借財の質として受け入れたとか?」
「俄に信じがたい話ではあるが、そこは置くとしてとにかくなんとかせねばならんな。」
「そこは私めにお任せ下さい。付け火をしてドサクサに紛れるなり、畜生働きに見せかけて奪うなりなたしかにんとでもなりましょう。」平戸屋がニヤリと笑った
「悪い奴よのう。ではおぬしに任せる。早々に取り返してくるが良い。」
平戸屋は早くもその夜に人を遣って蒹葭堂の屋敷を襲撃しようとしたが、襲撃が成功する事はなかった。それどころか蒹葭堂の屋敷に近寄る事すら出来ずに終わった。
集合場所に集まったならず者共は、蒹葭堂の屋敷に出向こうとした途端烏天狗の襲撃を受けて残らず始末されてしまったのだ。
ならず者を従えるべく少し遅れて集合場所にやってきた甲三郎の眼前に広がっていたのは、何者かに襲われた屍の山だった。
「これは一体・・・。」
呆然として立ち尽くす甲三郎の後ろから鬼道丸が声を掛けてきた。
「これは酷いな。鬼でも流石にここまでせんぞ。」
「確かにな。おそらくこれは警告でもあるのだろう。」
「警告か?確かにのう。蒹葭堂に手出ししたら容赦なく滅するぞ。と」
鬼道丸の言葉に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて頷いた。
甲三郎の復命を受けた平戸屋は憮然とした表情を見せると
「肥前守様に会いに行ってくる。」
そう言って駕籠を呼ばせると何処かへと消えていったのだった。




