第四十八話 依頼
翌日、泉州屋は木村蒹葭堂の屋敷へと向かった。
店の主人一人での気ままな外出のように見せてはいたが、周囲は天狗とその協力者によってしっかりと固められていた。
泉州屋の前方には二人の協力者が、他人お振りをしつつ先行しながら前から来る人を捌くような感じで泉州屋の前に来ないようにし、後方は近寄って来る者をさりげに邪魔をして近寄らせないようにしている。
勿論左右にも人は配されていて、泉州屋を囲むようにしている。
そして上空には烏天狗達も控えている。
烏天狗は泉州屋の上空のみならず、蒹葭堂の屋敷までの間を巡回するという念の入れようだった。
人形を持つ泉州屋に危害を加えるような手合いを排除すると言う事が一番の狙いではあったが、それ以上に人形を持っていた連中を誘い出し一網打尽にする事が狙いでもあった。
本来ならそこまでするのは泉州屋を危険に晒す事になってしまうのだが、泉州屋自身が自らを囮にするような今回の策を提案したのだった。
「泉州屋殿些か無茶が過ぎるのではありませんかな?」
「与一殿の懸念はもっとやと思いますが、目的を果たす為には多少の危険は構いません。むしろ、これで連中が引っかかってくれたらめっけもんやないですか。」
そう言って泉州屋は笑顔を見せたのだった。
蒹葭堂の屋敷に向かう間、何度か殺気めいたものを感じる事はあったが、屋敷に着くまでの間何事も無く泉州屋は木村蒹葭堂の屋敷へとたどり着き、鉄壁の守りも結果的に杞憂となった。
泉州屋がやってくると直ぐに奥へと通された。部屋には待ちわびた様子の蒹葭堂が待ちきれないと言った調子で泉州屋を迎え入れた。
「いやいやよう来はったな。待っとったで!手紙貰ろうてから眠れんかったわ。」
「こちらこそお忙しいのに急な申し出を受けていただいて。」
「かまへんかまへん、珍しい物を目にする機会に勝る物はありまへんからな。」
笑顔で応える蒹葭堂に泉州屋も笑顔を見せると
「早速ですがこれなんですわ。」
泉州屋は席へ着くのもそこそこに懐から例の人形を取り出して見せると、蒹葭堂は身を乗り出しながら人形へ顔を寄せた。
「おお、これはこれは・・・。手に取ってもよろしいやろか?」
そう言って蒹葭堂は人形を手にした。
掌に収まる大きさに表面にはびっしりと異国の文字が書き込まれていた。
「うーん私に読める字もあるけど、この文字は見慣れんなあ。」
「もしよろしかったらお納め下さい。」
「いやそれはあきません。こないな珍しいもんは頂けまへん。」
蒹葭堂は申し訳無いと言った表情で泉州屋の申し出を謝絶すると
「ではこうしましょ。もしご迷惑でなかったら、表面に何が書いてあるか大雑把でええので教えて貰えませんか?」
「そういうことでしたら願ったりやけど、それでええんですか?」
「もちろんです。表面に書いてある事がものすごう気になってまして、教えて貰えるだけで充分すぎるお代ですわ。」
「判りました、お任せ下さい。早急に読み解いて泉州屋さんにお知らせしますよって。」
「ありがとうございます。」泉州屋は深々と頭を下げた。
「いやいやこちらこそ。」蒹葭堂も深々と頭を下げ返した。
その後二人は四方山話をした後、泉州屋が蒹葭堂宅を辞した。
「さて、早速取りかかるかな。腕がなるで!」
蒹葭堂は早速、羅甸語と阿蘭陀語の辞書を手に解読を始めるのだった。
泉州屋は帰路も護衛はいたが烏天狗達は蒹葭堂宅の警戒に廻り、人の協力者も泉州屋に同行する二人を除いて蒹葭堂宅の警固に就いた。
隣に付き従う為、人の姿をしていた与一は
「蒹葭堂殿の身辺は我々が中心に守ります。」
「お願いします。聞けば平戸屋は屋敷に用心棒を多数集めてたとか?連中に人形の在処を知られたら何しよるか分りませんからな。」
「如何にも。我々が目を光らせている限り蒹葭堂殿には指一本触れさせませぬ。」
「与一殿の言は心強い限りですわ。」
泉州屋は満足そうに微笑んだ。




