第四十七話 商談
泉州屋が厠を済ませて正に出ようとしたところ、一枚の紙がひらひらと舞い落ちてきた。
「ん?これは何やろう?」
おもむろに落ちてきた紙を掴み取って目を通すと
「これは・・・。」
そう呟くと小さく二度頷き、口の中で
「心得た。」と答えて手にしていた紙を粉みじんにして厠に捨ててしまった。
翌日、泉州屋の店先に黒っぽい姿をした怪しげな風体の男が現れて
「御免下さい。ご主人さんは居られますか?」
その声に現れた丁稚は
「旦那様に?なんぞご用でっか?」
怪訝そうな表情を浮かべて問いかけた。
「実は泉州屋さんとは古い知り合いで、珍しい物を手に入れたもんやからお目に掛けよう思って訪ねさせてもろたんです。」笑顔を見せる男に
「はあ、そうでっか、ちょっと待ってもろていいですか?」
丁稚はそう答えてそそくさと奥へと下がると
「旦那様、旦那様に会いたい言う人がおいでです。」
「そうか。奥へお通ししなさい。」
泉州屋は落ち着いた様子でそう答えると
「旦はんよろしいんですか?ごっつう怪しげなお人ですよ?」
丁稚は心配そうだったが
「先方は古い知り合いやって言いはるんやろ?心配せんでもええで。」
泉州屋は気にする様子は無かったので、丁稚は釈然としない表情のまま客を呼び入れた。
「まいど!ご無沙汰してます!!」男が元気に挨拶しながら部屋に入ると
「これはこれはご無沙汰です。元気にしてはりましたか?」
泉州屋も辺りに聞かせるかのような調子で、親しげに応えた。
かなり大きな声で四方山話をしていたが、部屋の中ではお互い紙に書いた文字で話している内容とは
全く違うやり取りをしていた。
『先日平戸屋より持ち出した木製の人形に書かれている文字の解読を木村蒹葭堂殿に依頼出来ないか?』
『可なり。古い知人より持込まれし古物として明日にでも持参しよう。』
『謝す。物が物なので念のため、蒹葭堂殿の屋敷に式神を配する手筈を整える。』
『多謝。その点のみ懸念していた。心遣いいたみいると坊殿にお伝え下さい。』
必要なやり取りを終えると用意していた水盆に、使用した紙を浸けて溶かしてしまった。
その後も二人は辺りに聞こえるような調子で遣り取りを続けた
「どうでっか?こないに珍し物滅多手に入りませんよ?」
「けど、借金の形に置いていった物やろ?ろくなもんや無さそうやけど。」
「そう言わず。私を助ける思うて。後生やおもて。」
「仕方ありませんな。私も男や、言値で払わせて貰いましょ。」
「さすが泉州屋さん。恩に切ります。」
大きな声での遣り取りを終わらせると、男はほくほくとした表情を浮かべて店を後にした。
続いて部屋を出た泉州屋は、北堀江にある蒹葭堂の屋敷へ使いを頼みそのまま帳場へ留まった。
それからは一刻ばかりたった頃に蒹葭堂の元へ使いに出した丁稚が戻ってきて
「旦那さん壺井屋さんからのお返事を持ち帰りました~。」
蒹葭堂からの書状を手渡した。
「どれ、おお明日にでも来て欲しいと。余程気になりはってんな。」
泉州屋は蒹葭堂に宛てて『不思議な人形を入手した。表面に異国の文字、意見を請う。』という手紙を使いに持たせて送っていたのだ。
泉州屋は手代を呼び寄せると
「明日壺井屋さんとこへ行ってくるから、店の方頼むで。」
「承知しました。商いのお話ですか?」
「いや、申し訳ないんやけど、道楽の方や。」
「そうでっか。まあ特に何もありませんし、ゆっくり楽しんで下さい。」手代は笑顔をみせた。
一方先程の男は路地裏の人気の無いところまでやって来ると、辺りを見回して誰もいない事を確認すると、着物を取り去って黒い翼を翻した。
「泉州屋殿へはこれで良し。早く戻って護衛の式神を準備して貰わねば。」
怪しげな男は継信の変装で、殊更怪しげな格好にしたのは他の印象をぼかす為でもあった。
継信はひと羽ばたきして人目につかないほどの高さにまで舞い上がると、祠めがけて飛び去るのだった。




