第四十六話 策定
祠に戻った烏小僧らは、与一達が手に入れた人形を僧正坊と役小角の前に披露していた。
「なるほどのう。これが例の人形か?」役のは木製の人形を食い入るように眺めていた。
「表面に何や書き付けがあるようだが・・・異国の言葉であろうか?」僧正坊も恐る恐る眺めている。
木製の人形は何か禍々しいものを感じはするが、正直なところどのような用途に用いられるのかはわからなかった。平戸屋が後から持込もうとした獣の皮で出来た紙と併せて使うものと言う事は、式神を使って探り当てはしたものの、どのように使いどのような事が起きるのかは表面の文字を読むしか無さそうではあったが、異国の文字である以上の事は天狗達には全く判らなかった。
「なんとかして文字を読み解きたいのだが、なんぞ良い知恵は無いだろうか?」
僧正坊はほとほと困った様子で語りかけた。
「さてさて、古い言葉であるのならいくらでも判るし、漢の言葉も読む事は出来る。しかし南蛮の言葉には不案内でな。全く面目ない。」
そう言って役のは頭を掻いた
「役の殿が面目を失う事はありませぬ。蘭学でも学ばねばそもそも判らぬ文字です。」
羅天は役のを宥めると
「そういえば・・・。」
継信が何か思い当たるような表情を浮かべた
「継信何か知っているのかの?」大介が驚いたように問いかけ
「おお!真か継信!でかした!!」
江三郎が継信の背中を力一杯叩きながら褒め称えた
「え、江三郎痛い。」
「おお済まん。」
「継信何か思い当たるようなら申せ。」
与一は自ら落ち着かせるように語りかけた
「はい、皆様。泉州屋殿はご存じの事と思います。」
皆は一応に頷くと継信は続けて
「我々に助力してくれる商人ですが、泉州屋殿が懇意にしている者に蘭語に限らず西洋の言葉に通じている人物がいるとの事です。」
「してその人物とは?」羅天は身を乗り出した
「木村蒹葭堂という人物で、壺井屋という造り酒屋を営んでおりますが、博学で本草学にも通じ、多くの文人、学者共交流を持っており、この人物に頼れば或いは解読出来るのではないかと。」
継信の言葉を受けて
「その人物の事なら聞いた事がある。大層な蔵書家で貴重な書籍を見に行く者も多いとか?」
僧正坊も付け加えるように言い添えた
「早速願い出たいところではあるが、我々がいきなり行っても会って貰えるかどうか・・・。」
「確かにの。泉州屋殿に紹介状でも書いて貰うかの?」
与一の心配に対して大介が提案すると
「いやいやいくら紹介状を書いて貰った相手とは言え、怪しげな物を持込んだら警戒するじゃろう?」
江三郎が直ちに疑問を呈した。
「泉州屋殿にお願いして直接これを持込んで貰うのはいかがでしょうか?」
「継信、いくら常日頃助力を惜しまずいてくれる相手とは言え、かように禍々しき物を預けるのはいかがかな?泉州屋殿を危険に晒しはせぬか?」
僧正坊は継信の意見に賛成しかねると行った様子だった。
「一言良いかの?」
「役の殿いかがなされた?」
「僧正坊殿、居候が口を挟む事をお許し願いたい。この人形、禍々しき物ではあるが、この人形だけでは何も出来ぬ代物。人に預ける事自体に何の問題も無かろう。」
「なるほど。」僧正坊が頷くと役のは続けて
「ただ、この人形をあの連中は血眼になって探し回っているだあろうから、連中からの差し金からは守る必要はあろうな、まあそれは皆が影から守れば良かろう。」
「確かにそうです。至言ですな。」
そう言って僧正坊は与一に視線を向けると与一も心得たと言う様子で
「泉州屋殿の方はまず問題ないでしょうから、蒹葭堂殿の屋敷に持込まれている間は、我々が輪番で影から守る事といたしましょう。」
「では早速泉州屋殿に依頼を・・・。」立ち上がろうとした継信を羅天が制した。
「いきなり泉州屋殿にあれを渡してしまっては、何かあった時に泉州屋殿が困るではないか。」
「そうではありますが、どうせよと?」
「泉州屋殿に何者かが持込んだという体にすれば、言い逃れする事も出来よう。先持って内々に泉州屋殿に伝えておけば速やかに事は運ぶであろう。」
「確かに羅天様の言うとおりですね。心得ました。」そう言って継信は改めてその場を辞した。
「じゃあ我々も支度をするか!」
江三郎の掛け声に皆が大きく頷いて動き始めた。




