第四十二話 鬼道丸
甲三郎は屋敷に居る下働き達に命じて別邸の片付けをしていた。
「俺とした事がとんだ失態を。」
甲三郎は大いに散らかりあちこちが破壊された部屋の中を眺めていた。
そこへやって来た平戸屋は甲三郎の顔を見るや否や
「甲三郎!これは一体どういうことだ?」怒声を浴びせかけた。
「ご覧の通りです。想定はしていた事です。」
「なるほど。で、人形は?当然無事なのだろうな?」
「奪われました。面目次第も無い。」
淡々と応える甲三郎の態度に、平戸屋は更に怒りを増して
「奪われただと?ふざけた事を!おまえ達にどれだけの金を払ったと思う?人形を守る為にお前達を雇ったと言うのにこのざまとは。」
「奪われた事については申し開きは出来ぬ。詫びねばならぬ。が、刻限通りに戻っていればそもそも問題なかったのでは無いのか?」
甲三郎の言葉に平戸屋はばつの悪そうな表情を浮かべたが
「だ、大体押入った賊が僅か三人と言うでは無いか?手練れだけでも六人、手下を合わせれば三十人はおったはずなのにどういうことだ?」
負けじと言い返したが甲三郎も譲らない
「人であれば後れなど取らん。しかしあれは明らかに妖怪や物の怪の類い。人の力でどうこうなるものでは無い。」
「その為に鬼道丸がおったのでは無かったのか?何をしていたのだ?」
「鬼道丸は・・・。」甲三郎が言いよどんでいると
「こいつを追っていたら完全に出遅れてしもうた。すまなんだな。」
奥から大柄な男が声をかけてきた。手には小さな紙の人形が握られていた。
「それは一体?」平戸屋が不思議そうに尋ねると
「こいつは式神だな。陰陽師がよく使う奴だが、こいつは陰陽師のとは少し違っていて。」
「式神というと陰陽師が使役する鬼?のような奴か?で、それの何が違うと?」
「ああその式神だ。で、何が違うかといえば陰陽師の使う術式とは違う術式で使役されておった。」
そう言って鬼道丸は人形を指でつまんでひらひらさせながら続けて
「そしてこいつからは人では無く鬼というか我らに近いものの匂いがするのだ。」
そういって鬼道丸は不敵に笑った。
鬼道丸はボサボサの頭に一角を備え、筋骨隆々な腕と鋭い爪を持った鬼の一族で、二尺の大太刀を軽々と振り回す強力と見かけによらぬ素早い動きが特徴の手練れでもあった。
「にしてその様な紙切れに振り回されるとはとんだ腰砕けでは無いか。」
納得のいっていない平戸屋は、鬼道丸の働きに対して不満を漏らした。
「そこは面目ないが、この式神なかなか手強くてな。貴殿が思っている以上に厄介だったぞ。たかが紙切れされど紙切れ、強力な術者にかかれば恐ろしい存在よ。」
甲三郎は鬼道丸を肯定するように頷いて
「おそらく鬼道丸をおびき出して振り回すように仕向けたのだろう。鬼道丸に対しても後れを取るような連中では無かったろうが、迅速に事を運びたかったと見える。ところで平戸屋殿。」
「なんだ?」急に話を振られた平戸屋は、怪訝な表情で向き直ると甲三郎は
「話がずれたが、なにゆえ刻限に間に合わなかったのだ?不手際を我々のせいばかりにするが、貴殿の到着が遅れた事も責があるのではないか?」
平戸屋は話を蒸し返されてむっとしながら
「私とて遅れたくて遅れたのでは無い。東町の三田とか言う与力のために出立が遅れた事もあるが、何より何故か刻限でも無いのに南側の木戸が悉く閉められていて、番人から東の木戸へ回れと言われたから大回りをしていたら開いていたであろう東側の木戸も閉まる刻限になってしまい、結局明けまで木戸の外で足止めされていたのだ。好き好んで遅れたわけでは無い。」
平戸屋は一気にまくし立てた。
「木戸の番人に金を渡せば直ぐに開けて貰えたのではないか?」
甲三郎は『『お前がケチったのでは』と言いたげに問いかけると
「馬鹿を言うな。金で転ぶような奴は信頼出来ん。もし何かあった時に『平戸屋が刻限を破って街に入った』と密告されたらどんな詮議を受けるかも判かったものではない。下手に目を付けられては身動きすら取れなくなるじゃないか。」
「なるほど。確かにそうだな。」甲三郎は合点がいったように応えた
「取りあえず御城代に使いを遣って、策を練ろうと思う。」
「心得た。鬼道丸お主はどうする?今宵限りの約束であったが?」
「このような面白い話、乗らない手は無かろう?甲三郎が一目置くという手練れとも手合わせしたいからな、飯と酒さえ用意してくれればそれで良い。」
「その様な物だけで良いのか?」平戸屋が問うと
「元々金には大して興味は無いが、飯と酒にありつくには必要だと言うだけだからな。その物があればそれで良い!」鬼道丸はそう言うと大笑いした。