第四十一話 襲撃
烏天狗達は夜目が利く。
三方に控えていた彼等は、与一の発した彼等にしか聞こえぬ音を合図に一斉に動いた。
大介と江三郎が、二カ所の出入り口を固めていたいた浪人風の男達にそれぞれ不意打ちを仕掛けると、数太刀を合わせる暇もなく倒してしまった。
二人の男達も決して弱くは無く、打ちかかられる前に烏天狗達を捉えてはいたが、想像した以上の速さで間合いを詰められると、刀を抜ききる前に切り倒されてしまったのだ。
「賊が来たぞ、各々方!」甲三郎はそう叫ぶと側にあった蝋燭の芯を切って灯りを消した。
闇の中刃をぶつけ合う音と火花、白刃が何かの光を受けて見せる輝きとが支配していて、時に何かを切り捨てた音や、板の間を蹴る音とが響き渡っていた。
甲三郎と相対したのは、強敵との手合わせを望んでいた江三郎では無く、三人のうちでは最も腕の立つ与一だった。
与一の間合いを詰めた一撃を受け流した甲三郎は払った刀をそのまま返して切りつけたが、与一は甲三郎からの一撃に対して身を翻して躱し、そのまま正対してにらみ合いとなっていた。
江三郎と大介もそれぞれ他の用心棒と相対していたが、江三郎はかなり激しく動き回って斬り合っており、与一達とは対照的だった。
また、大介は槍を持った男と相対していて、槍を振り回す風の音が響く中を、見事な腕で鋭い穂先を捌いて見せていた。
それぞれ暗闇の中で闘ってはいたが、時を経るにつれて手練れの中でも技量の差がそのまま優劣の差になりつつあった。
大介と闘っていた槍の使い手はそれ相応の技量の持ち主ではあったが、烏天狗たる大介にとっては戦国の世に闘った事のある猛者達と比べて見れば大きな差があり
「なかなかの技量だの。されど太平の世の手練れ故、古の達人に比ぶればまだまだだの。」
大介はそう呟くと、あっさりと槍の間合いに入り込むや否や槍の柄ごと切り捨てた。
大介が相手を倒したのを目にした与一は
「大介!こちらはよいので例のものを探してくれ!」
「心得たの。」
大介は式神の導きを頼りに、平戸屋が隠し持っている祭具とも言える人形を探し出した。
「案外あっさり見つかってしまったの。それにしてもこれは・・・。」
人形は掌に収まる大きさで、おそらく樫の木で作られたものらしい。表面には異国の文字がびっしりと書き込まれ居て、所々図形のようなものもあしらわれていて、何よりも禍々しい気が感じられるもので、明らかに怪しいものだった。
「とにかくこの場を一旦離れる方が良さそうかの。」
大介は与一に声をかけると直ぐ側の江三郎に加勢した
「大介、手助けは無用ぞ。」
「そうかもしれぬがの、ちと急ぐのでの。悪く思わんでくれ。」
それなりに腕が立つとはいえ、江三郎と一対一でもかなり苦戦していたのが、大介まで加わってきてはそうそう敵おう筈も無く、あっさりと討ち取られてしまった。
残るは与一と相対していた甲三郎ただ一人となった。
達人と呼ばれるものは単に腕が立つと言う事だけでは無い。引き時を心得ているものこそ真に達人と呼ぶに相応しい。そして甲三郎は見まごう事なき達人であった。
三対一となり状況の不利を悟ると、甲三郎は無理に打ちかかる振りをし、体勢を崩してみせると与一達はこれ幸いとばかりに甲三郎を捨ててその場から逃げ出した。
「与一よどう思うかの?」大介は先程の甲三郎の動きに対する与一の見立てを問うた
「おそらくわざとだろうな。恐ろしく腕が立つ上頭も切れる。」
「与一にしてはべた褒めじゃな。」
「江三郎よ真の達人とはどういうものか知っておるか?」
与一は江三郎に問いかけた。
「さあな。けど奴は確かに達人だったな。大した奴じゃったが・・・。」
与一はにやりとすると
「良く状況を読み、己の成すべきを知る者。引くべき時を誤らない者が真の達人という者だ。」
「なるほど。言うとおりじゃ。」江三郎は満足げに頷いた。
すると今度は大介が
「ところでの、役の殿が申しておった我らに近しい手練れ。あれは何処に行ったのかの?」
「そういえば、手練れとやらも人の五人だけじゃったな。」
江三郎の言葉に与一も頷いて
「確かにな。まああの場に居なくて良かった。もし居たらなかなか厄介だったろうからな。」
「与一の申す通りだの。ここは運の良さに感謝しようかの。」
そういって三人は笑い合い、目的の人形を手にした三人は、羅天の待つ小屋へとひとまず飛び去った。
烏小僧も無事戻る事を信じつつ。
一方、隠し置いた羊皮紙を荒れ寺にまで取りに行っていた平戸屋が別邸に帰り着いたのは、辺りが白み始めた頃だった。
やっとの思いで別邸にたどり着いた平戸屋は、屋敷の惨状を見て呆然と立ち尽くすのだった。




