第四十話 潜伏
烏小僧をおりょうが追っていた頃、烏小僧と共に祠を飛び立った烏天狗達は、役小角の使う式神に導かれて平戸屋の別邸に忍び込んでいた。
「烏小僧は上手くやっておるのかの?」
「さてな、事を始めたという合図こそあったが、その後がないからな。にしてもあれだけ奉行所を煽っては、小僧とて難しいぞ。」
「確かにの。無事に戻ってくれれば良いが。」
「人の事を心配している場合ではない。こちらにも手練れが控えておるのだ。おのおの気を抜くなよ?」
「誰に申しておる。鞍馬流剣術の使い手ぞ。」
「与一は心配性だからの。人の手練れがどれほどの使い手かは判らぬが、後れをとる事はあるまい。」
「大介は暢気すぎるぞ。江三郎も増長しては足下掬われるからな気をつけろ。」
与一と呼ばれた烏天狗が一同を仕切る形で事を起こそうとしていたが、いつもなら阿吽の呼吸で行動する烏小僧の状況が判らず、一旦動きを止めて平戸屋の別邸の一角に潜んでいた。
内部の事は既に役小角の式神を通して知っており、内藤肥前守に命じられて平戸屋が雇った手練れの用心棒が数名控えている事も、今回奪う目的の物のうち一つはこの場所に保管されている事も織り込み済みであり、もう一点が運び込まれる事も判ってはいた。
しかしながら、既に運び込まれているはずの物もまだ届いてはいない。
平戸屋が天王寺にある寺に隠している物を引き取りに行ったことも式神が突き止め、更に物が揃い次第何らかの儀式を行うであろうことも予測していた。
与一達は物が揃い儀式を行う寸前を狙って奪い取り、計画を頓挫させるつもりであったが、物はまだ到着していない様子で、烏天狗の状況も判らない事も相まって動けずにいた。
「さて、どうしたものかの?ギリギリまで到着を待ってみるのもありだが・・・。」
大介はそう呟いて嘴を撫でて見せた。
「あと半刻待っても来ないようなら居間あるものだけでも奪い取ろうぞ。」
江三郎の言葉に与一も頷いて
「烏小僧も思いの外苦戦しているやもしれん。こちらはこちらで動くとしよう。取りあえず羅天様に連絡を入れておこう。」
与一は式神を通じて、『物の到着を半刻待つ。来なければ今ある物だけを奪う。』と連絡を入れた。
その間、先に探索に入っていた式神に屋敷内の状況を改めて探らせた。
「屋敷には五名。かなりの手練れがいる。」
「ほほう腕がなるのう。こちらは三名良い感じではないかの。」
大介は嬉しそうだった
「確かに。一番の手練れは我によこせ。久々に楽しもうぞ。」
「全く二人とも少しは真面目にせよ。大事なお役目だぞ?」
緊張感のない2人に筆頭格の与一が小言をいうと
「与一は堅いのう。生真面目すぎては返って相手の策に嵌まってしまうのう。」
「大介の言うとおりじゃ。其方は堅すぎる。」大介の言葉に江三郎が続くと
「好きにせよ。」与一はそう言って二人に背を向けた
そうこうするうちに拠点に待機をする羅天からの伝言が届いた。
「羅天様はなんと?」
与一は勿体ぶりながら
「半刻過ぎて相手に変化が無ければ、『構わず動くべし』と。」
羅天からの伝言を伝えた。
「おお、ではいよいよじゃな。」
「点睛を欠くがまあ仕方ないかの。」
「それでは手筈通りの場所に散ろう。出来れば事を起こしているうちに物が付いてくれれば言う事無いのではあるが。」
「与一よそれは欲張りすぎというものぞ。とにかく今、目の前にある物を確実に手に入れて、奴らの企みを阻もうぞ。」
江三郎の言葉に二人は頷くとそれぞれの持ち場に散っていった。
外はしっかりと暮れてゆき、元々暗かった屋敷の中は蝋燭の明かりの他は光と呼べるものは無く、まさに闇の中だった。
「それにしても平戸屋は遅いのう。何処で油を売っておるのやら。」
「そう急くな。夜は長いのだからな。」
「そう言えば鬼徹の奴も何処で油を売っているのか?」
「厠にでも行ったのであろう。」
甲三郎の声をかけた浪人風の二人は、得物の手入れをしながら寛いでいる様子だった。
蝋燭の炎が刃に照らされている様は、これから起こるかも知れない斬り合いをどこか待ちわびているかのようで、不気味な輝きを放っていた。
二人のやり取りを眺めていた甲三郎は屋敷内に何か居るように感じつつ、平戸屋の到着を待ってはいたが、特に待ちわびている様子でも無く、ひたすら周囲の小さな動きや変化を見逃すまいと神経を張り巡らせては居るものの、端からはその様なそぶりも見せず、一体何を見、何を考えているのか推し量る事は出来なかった。
そして半時が過ぎた。




