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第四話 予兆

 事の起きた大店の前まで行くと、そこには待ってましたとばかりに松蔵親分が控えていた。

「よお!おりょうちゃん、ご足労やな。無理ゆうてすまんな。」

 禿げ上がった頭をなでながら、おりょうを出迎える。

 厳つい見てくれと、罪人に対する厳しさから鬼の松蔵と呼ばれる岡っ引きの親分で、おりょうの父親の源蔵とは切磋琢磨し合った無二の親友でもあり、親友の娘であるおりょうを一人前の岡っ引きに仕込んでくれた師匠でもあった。

「水くさいことを。親分からのお声掛かりなら、このおりょうどこからでも駆けつけますから。」

「嬉しいこというてくれるな、おりょうちゃん。ってもう『ちゃん』ではないな。」

「親分さんの前ではまだまだ『ちゃん』です。」

 照れくさそうなおりょうを微笑ましげ思いながら、松蔵は本題を切り出した。

「まあ話はこの位にして、ちょっと見て欲しいんや。」

「見て欲しいもの?」

 松蔵は頷くと大店の奥へとおりょうを案内した。

 江戸表にも店を構えているらしく、上方のこの店舗も規模の大きい構えで、多くの人が慌ただしく出入りしていた。

 その奥へと導かれたおりょうは、造りの立派な部屋の前へ案内された。どうも主人の居間らしい。

襖を開けると部屋の中は盛大に散らかっていて、物取りが漁ったか乱闘でもあったかのようだった。

「一見物取りが漁ったようやろ?」

「うん。でも親分さんは違うと思ってる。でしょ?」

「まあ、なんかこう違和感ちゅうかひっかかるんや。」

 松蔵は頭を撫で上げた。

 おりょうは顎に手をあてて部屋をゆっくりと見回した。

「んっ?」おりょうは何か気がついたの一点を見つめた後、松蔵に向き直ると、

「はっきりしたことはまだ分かれへんけど。これ、物を盗ってから散らかしてるとしか思われへん。」

「盗ってから?・・・それでか」

 おりょうは頷くと

「下手人の目的はまだはっきりせえへんけど、敢えて散らかした辺りに理由がありそう。」

 そう言って散らかっている部屋の一角を指さしながら

「例えばあそこやけど、もし漁ってて散らかしたんなら・・・」

「親分さん誠に申し訳ない。」

 おりょうの説明を遮るように声をかけながら部屋に入ってくる者があった。

「これは平戸屋のご主人、この度は災難やったな。」

 現れたのは平戸屋の主人だった。元は肥前平戸で商いをしていたが、江戸で大儲けをして大店となり、本店は江戸に構えていた。

「こちらこそ、お忙しい親分さんのお手を煩わして申し訳ないことです。」

 いかにも大店の主人と言った出で立ちで、仕立ての良い着物は一見木綿にも見えるがつむぎであろう、まさに羽振りの良い豪商といった感じだった。

「平戸屋さんこそ滅多に浪速には来うへんのに、迷惑でっしゃろ?」

 江戸に本店を構える大店の主が、他所の出店に顔を出すのは、何か余程大事な用向きがあるのだろう、その最中の出来事だけに松蔵は気の毒に思っていた。

 ところが平戸屋と言えば、大したことは無いと言った風で、

「まあ何か盗られていればともかく、奉公人の嫌がらせかもしれないですから。」

 とりあえず調べてみませんと、といった具合で気にも留めてない感じだった。

「嫌がらせですか?」

「ん、親分このお嬢さんは?」

 平戸屋が怪訝そうな顔で、口を挟んできたおりょうを見た。

「こいつはおりょうといって、わしの弟子みたいなもんですよ。勘働きが得意でして。」

「そうですか、まあとにかく何か盗まれていれば改めて親分さんにお知らせしますので。」

「わかりやした。じゃあ今日のところはこれでお暇しまっさ。」

「誰か、親分さんにお包みして。」

 平戸屋は奉公人に声をかけると、おりょう達に見向きもせず足早に店表へと去って行った。


 追い出されるように平戸屋を後にした二人は、道すがら先ほどの部屋のことや平戸屋の主人の事を話していた。

「親分さん。平戸屋さんって江戸の大店よね?なんで大阪に来はったんかな?」

 おりょうは平戸屋の事をちゃんと知っておこうと思い、松蔵に問いかけた。

「多分、やけどな。」松蔵は少し間を置いて

「この間新しい城代さんが来たやろ?」

「確か新しい大坂城代は内藤様?」

「そう、内藤肥前守。前に大坂町奉行もやってはった。」

 松蔵は苦々しい表情で答えた。

「大坂町奉行って、西町のあの内藤?」

 おりょうも複雑な表情を浮かべた。

「その内藤肥前守の御用を務めているのが平戸屋さんや。」

「内藤・・・」おりょうは何か思いにふけるように呟いた。

「まあ城代はおいといて、平戸屋さんの事やけど。」

 松蔵は無理矢理話題を変えて、今直面している問題に目を向けようとした。

「大坂に来た理由は何となくわかったと思うけど、どうも評判はあんまり良うないみたいやな。」

「江戸での評判?大店とは聞いてるけど。」

「江戸には限らんけどな。とにかくこの辺の旦那衆に聞いてもええ話は出てこうへんわ。」

「そんな酷いんですか?」

「まあ色々とな。只のヤリ手と言うにはきな臭いらしい。」

「じゃあ今度の物取りかいうてるのも、そんな単純な話やないのかもね。」

「まあそうやな。とにかく新しいことがわかったら、また使い出すから。」

 小さく頷くおりょうに松蔵は、手を振りながら橋の向こうへ消えていった。



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