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第三十八話 虚を突く

奉行所は蜂の子を突くような有様となった。

誰一人奉行所に烏小僧が現れるなどとは思いもせず、またどこかの商家へ現れるものと考えていた処へのまさかの出現である。

与力同心は元より目明しやその子分まで探索に出したのも、烏小僧を探し出して機先を制するためでもあったはずなのに、まんまと裏をかかれた讃岐掾(さぬきのじょう)は眼前に現れた烏小僧に対して、いつも以上にわめき散らして醜態をさらしていた。

その姿を冷ややかに見下ろしていた烏小僧は、不意に下に降りると讃岐掾の眼前に立ちはだかった。

讃岐掾は後ろに飛び退くと、ブルブルと震えながら何か判らない言葉を口走っていた。

「これはこれはお奉行様。ご機嫌はいかがでしょうか?かような場故、頭が高い事をお許し下さい。」

烏小僧は皮肉たっぷりに話しかけると、讃岐掾の返答の代わりに回りに控えていた取り巻きが

「こ、この無礼者!大人しくお縄に付けば、お上にもじ、じ、じひ慈悲があるぞ・・・。」

最後は消え入りそうな声で烏小僧に強がった。

そんな讃岐掾達を見下すように

「生憎私にはお上の慈悲など用はありませぬ。相手を見てものを言うべきですね。大体私などより大罪をはたらいている者を見逃しておきながら片腹痛いですね。」

取り巻き達は勇気を使い切ったのかそれ以上何も言い返せずにいると

「其方より大罪の者だと?」怯えながらも今度は讃岐掾が口を開いた。

「思い当たりませんか?」烏小僧の表情は仮面の下に隠されているはずなのだが、讃岐掾にはあざ笑っているように感じられた。

「お、おぬしよりたったっ大罪人など、思い当たるもの、もの、ものか。」

讃岐怯え怯えながら精一杯の虚勢を張ったが、烏小僧には滑稽に見えていた。

「仕方ありませんね。では、お教えしましょう。大坂城代はなかなかの大罪人ですよ。」

「お、叔父上は立派な方だ。お、おまえのような大罪人な訳がなかろう!出鱈目を申すな。」

烏小僧の言葉に讃岐掾は怯えながらも、色をなして反論した。

「ならば、その立派な叔父上とやらに直接聞かれたらいかがかな?罪亡き者に己の罪を擦り付け、死に至らしめた事はありませんか?と。」烏小僧は感情を押し殺しながら問い返した。

「罪亡き者に罪を擦り付けだと・・・。そその様なわけがあるはずなど・・・。」

何か思い当たる節でもあったのか、讃岐掾の反論は最後には消え入りそうだった。

しばらくの間、相対する二人の間に沈黙が横たわっていた。

ただその沈黙は長く続く事はなかった。奉行所の門の辺りが俄に騒がしくなったのだ。

「頃合いか・・・。」烏小僧は口の中で呟いた。

奉行所の門が騒がしくなったのは、それまであちこちに散らばって烏小僧を探していた奉行所の者達が、知らせを聞きつけて慌てて戻ってきたからだった。

「烏小僧は何処!」

手に手に得物や御用提灯を手にした捕り方達は、奉行所の門をくぐると一目散に讃岐掾の居るであろう場所めがけてなだれ込もうとしていた。

「どうやらお主の捕り方達が戻ってきたようなので、招かざる客はここいらでお暇いたす。」

そう言うや否や烏小僧は懐から取り出した小柄こづかを讃岐掾めがけて投げつけると、殺されると思った讃岐掾は

「ヒィッ!」妙な叫び声を上げて失禁しながら気を失ってしまったのだが、小柄は讃岐掾をかすめるようにしてすぐ側の柱に突き刺さった。

「肝の小さい御仁だ。」

烏小僧は失神している讃岐掾を見て哀れむように言い捨てると、声のする方へ顔を向けた。

「さて、今度はあちらの方々と遊ばせて貰うか。少しは骨のある者が相手に居れば良いけど。」

烏小僧は捕り方達が自分の姿を認められる位置に来るまで留まり、捕り方達の顔がしっかりと見える位置まで引きつけた上でまるで羽ばたくが如く屋根の上へと飛び上がった。烏小僧がいた辺りに捕り縄が投げつけられていたが、むなしく埃を上げるだけだった。

「捕り方の皆様キチンと狙わねば縄は当りませんよ。」

龕胴に照らさたながら、屋根の下に群がる捕り方達を嘲るように叫んでみせた。

悔しげな表情を浮かべて睨みつけてくる捕り方達を見下ろして悠然と構える烏小僧に

「そこ動きなや烏小僧!うちが相手や!!」

屋根の上に小柄な身を躍らせて烏小僧に追いすがる者が居た。

菊の御紋煌めく恩賜の十手を手にしたその姿は、これまでも罪人に威圧感と絶望感を与える続けていた。

「待ってました!おりょうさん!」

「女十手の心意気を見せてやれ!」

所々から歓声が上がる中、恩賜の十手を構えたおりょうの姿が龕胴の灯りに照らし出された。




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