第三十七話 夜警
黄昏時が迫る頃、月番終わりとなる西町奉行所はまるで戦場のようだった。
日頃捕物には関心すら示さない奉行の讃岐掾すらも、似合わぬ陣笠を被り、帯刀しているのだから言わずもがなといったところで、昼過ぎから頻繁になっていた人の出入りもまさに盛りというベキ状況で、出陣前の軍勢のようでもあった。
門前にかがり火をたき、陣幕まで張っての様子は異様ではあったが、その回りには大勢の町衆達が芝居か何かの観覧のように集まって奉行所の様子を見物していた。
合戦場のような奉行所に芝居小屋か花見の宴席のような街の様子は、祭りとでも言うしか無い有様で、季節外れの天神祭のようであったと後日刷り物で表されるような状態の中、おりょう達は銀三親分と合流を果たしていた。
「おりょうさんよう来てくれた、ありがとうやで!」
銀三が嬉しげに迎え入れると
「こちらこそ、こんな大勝負に混ぜてくれておおきに!感謝してます。」
おりょうも笑顔で応えた。
「おりょうさんにそう言うて貰えたらありがたい。」
「それにしてもごっつい人ですね。天神祭みたい。」
「確かにそうやな。その割に殺気というか悲壮感すら漂ってるけどな。」
銀三はそう言ってニヤリとしてみせた。
「親分また~。緊張感無いって怒られますよ。」
「堪忍堪忍。けどな、あのお奉行が陣笠被って陣頭指揮取るなんて滑稽なだけやろ?真面目にやるだけアホらしい。こんくらいの心持ちの方がええねん。」
「確かに。西町のお奉行様が自ら出馬とは珍しい。どないしはってんやろ?」
「大方伯父の肥前守から相当キツく言われたんやろ?あんなに嫌がってた東町にも応援頼んでるし。」
「そうやね。あれにはうちもびっくりしたわ。でも、どうせやったらもっと早うに助け求めたら良かったのに。ちょっと遅いんちゃうんかな。」
おりょうは少し呆れ気味だった。
「まあ、しゃーないな。大したことないくせに自尊心だけは一人前やからな。」
「親分もボロカスやな。」おりょうは声を立てて笑った。
そうこうしているうちに町中を探索していた目明しの子分達が、次々と戻って報告をあげていたが、どの方向に行ったものからもよりよい報告はなかった。
「ええい何をグズグズしておるのだ?私が自ら出馬したというのに、賊一人見つけられんのか?」
烏小僧発見の一報が無く、いつも以上にいきり立っていた。讃岐掾としては東町に応援こそ求めはしたものの、出来る事なら西町だけで始末を付けたかったのだが、黄昏時からそろそろ暗さが勝り始めているというのに、未だ烏小僧の姿はなく焦っていた。
現れなければ本来は良いはずなのだが、ここまで目の敵のように現れて好き放題されていては、出て来なくて良かったという訳にはいかなかったのだ。
報告に戻った子分達は、休む暇も与えられずそのまま再び町中へ飛び出していった。
「だいぶ暗なってきたな。そろそろ出てくるかな?」銀三親分は誰に問うでもなく呟いた。
周囲は騒然とはしていたが、奉行所自体は多くの者が外へ探索に出て行った為に、以外と人気は少なくなっていた。
奉行所の人間といえば讃岐掾とその取り巻きばかりで、奉行所の直ぐ周辺を取り囲むように銀三のような目明しとその子分が控えてはいたが、その半数以上も探索に出張っていた為に実際の所奉行所は内も外も手薄な状態にあった。
とっぷりと暮れ、かがり火が煌々と闇を照らし始めた時、不意に半鐘が鳴り響いた
「烏小僧が出たぞー!」
半鐘が鳴ると同時に、捕り方の叫び声と共に鳴子が響き渡る。
「烏小僧!何処や!!」銀三が辺りを見回した。
「一体何処に出たんやろ?結構近そうやけど・・・。」
おりょうも辺りを見回したがその瞬間、信じられない光景を目にした。
奉行所の中心、丁度讃岐掾のいる建物の真上に烏小僧が姿を現したのだ。
龕胴に照らされたその姿を、おりょうはしっかりと見据えた。




