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第三十四話 荒れ寺

日の光がだいぶ傾きかけた町中を一挺の駕籠が先を急いでいた。

「駄賃をはずむからとにかく急いでくれよ。」

「へえ、おおきに!もっと飛ばすさかい、しっかり捕まっててな。相棒ほないくで!」

更に足を速めて揺れの増す駕籠の中で平戸屋はイライラしていた。

「全くあの三田とか言う与力は何者ですか?私の邪魔ばかりして。おかげですっかり遅くなってしまった。日が暮れてしまうではありませんか。」

暮れゆく中急ぎに急いだ先は天王寺付近の寺の多い一角だった。

その中でもかなり寂れた感のある寺の前で駕籠を止めさせた。

寂れた感の寺であり、壁が落ち瓦のずれた本堂からして一見かなり荒れた境内ではあったが、よく見れば門扉であったり庫裏などは綺麗に直されていて、近頃良き旦那を見つけたのか全体のうらぶれた印象の割には妙に新しく整ったところもある不思議な寺だった。

平戸屋は駕籠を門前に待たせると、急ぎ足に寺に入っていった。

門をくぐると、こちらも寺の様子とは不似合いに高価な衣に身を包んだ一人の老僧が待ちくたびれたよう様子で迎えた。袈裟の様子からこの寺の住職と見受けられる。

「これは平戸屋様お待ちしておりました。なかなか来られないので本日はお越しにならないかと。」

「相済まないね。ちょっと店の方で抜けられぬ用が出来てしまって。」

「いえいえ手前どもはご覧の通りの訪ねてくる檀家も無いぼろ寺。平戸屋様ならいつ何時おいででも拙僧らは大歓迎です。」

揉み手もせんばかりの媚びた様子で応えると、平戸屋は静かに頷いて老僧の後を庫裏の方へと向かった。

庫裏に迎え入れられると、こちらも恐ろしく贅沢な設えの内部に出迎えた老僧に劣らぬ位立派な衣を着たこちらも年配の僧達が待っていた。

「これは平戸屋様お待ちしておりました。取りあえず茶でもいかがですかな?上等なものを手に入れましたので。茶菓子も良い物を取り寄せておりますぞ。」

先程老僧に次ぐ席であろう年配の僧が、こちらも媚びるように茶を勧めたが平戸屋は

「茶はいいので、例の物を早速用意して頂きたい。」

「そ、そうでしたな。しばしお待ち下され。」

住職の老僧は慌てて手蝋燭を持った下っ端の僧を先に立たせると、足早に庫裏の奥へ消えていった。奥から扉を開ける音がしてしばらくすると、袱紗ふくさにくるんだ物を手に捧げ持って現れた。

「お待たせしました。こちらですな。」

老僧が差し出した袱紗を受け取った平戸屋はゆっくりと開いて中身を改めると、満足そうな笑みを浮かべた。袱紗の中には錆びたような真鍮製とおぼしき西洋風の鍵が乗せられていた。鍵の頭の部分には銀で文字のような物が象眼されており、一見するだけで何か特別なものであると察せられた。

「うむ。よく保管してくれました。今宵持ち出しますが、また預けにきてもよろしいかな?」

「も、勿論でございます。いつ何時でもお預け下さい。かような寺故誰も関心を持ちませぬ。」

「それは有り難い。人目については困りますからな。ではこれは少ないですが、浄財でございます。どうぞお納め下さい。」平戸屋は懐から小判の包みを差し出した。

「いやあーこれはこれは。平戸屋様はなんと信心深い。仏様に成り代わり厚くお礼申し上げます。これほどの善行を積まれる平戸屋様が極楽浄土に向かわれるのは疑いありませんな。」

満面の笑顔を浮かべながら平戸屋に礼を述べる住職には安堵の色がうかがえた。このまま鍵を持て去られて折角の実入りも亡くなってしまうかもと内心焦っていたのだった。その心配が無くなった僧達はかなり浮かれた様子であり、頻りに茶菓子を勧めていたが平戸屋は最早長居は無用とばかりに断ると、そそくさと立ち上がって庫裏を辞した。

門前まで見送りにきた僧達には一瞥をくれただけで駕籠に乗り込むやいなや急ぐように促した。

「全く強欲な連中だ鍵を持ち出そうとした時の焦った様子と、再び預けに行くといった時の浮かれた様子はどうだい。どうせ私の事など歩く小判くらいにしか思っておらぬのでしょう。」

平戸屋は信心の欠片も無い僧達を軽蔑していたが

「まあそのおかげで、なんの詮索も受けずに大事な物を預ける事が出来る。金を積んでおく限りにおいては口も堅いだろうし・・・。」

利用出来る物は出来る限り利用する。例え相手が侮蔑する程の相手であったとしても、利用出来るとみればいくらでも下手になれる平戸屋であった。

駕籠はとっぷりと暮れた道をひたすら北へ急ぐのだった。



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