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第三十二話 腹蔵

別邸を出た平戸屋は

「とにかく一度店に戻るとしよう。」

そう言って足早に店に戻ると

「今帰った。直ぐにまた出かけるので駕籠を呼んでおくれ。」

「旦那様お帰りなさいませ。またお出かけでっか?直ぐに呼びにやります。」

平戸屋は店に戻ると、忙しげに店の者に声をかけながら、彼自身はそのまま奥の蔵へと進んでいった。

辺りを警戒しながら蔵に入ると手蝋燭に灯りをともして闇の中をかなり進んだ最深部に進み、厳重に施錠された場所で立ち止まった。

鍵を開くとそこにあったのは、封印された木箱だった。

「いつ見ても禍々しいというか、箱に入れていてこれだから恐ろしい限りだ。」

平戸屋はつぶやくと四方を金具で装飾された箱を風呂敷に包み、懐へと収めた。

蔵を出ると番頭の一人が待ち構えていた。

「ここには来るなと言っただろう。」

「申し訳ありません旦那様。実は東町奉行所の与力の三田様がおいでになられて。」

「東町奉行所の三田?東町の与力が何用だ?月番は明日からだろう。」

「さあ、私めにはさっぱり。とにかくお待ちです。」

「番頭ならば体よく追い返しなさい。全く使えないのだから。」

平戸屋は不承不承といった様子で店先へ現れた。三田の姿を認めると

「これはこれは三田の旦那。何か手前どもに御用でしょうか?」

先程とは別人のような愛想のいい表情を浮かべて声をかけた

「あら、平戸屋さんも元気そうじゃない。いやね、今日はちょっとね。」

三田は相変わらずの調子で店の主人に相対した。

「今夜また烏小僧が出てきそうだから、襲われそうな大店を見回っているのよ。」

「それはそれはお役目ご苦労様です。」

平戸屋は早く出発したい事もあってか、あまり心がこもってない労いの言葉で応えた

「何しろここは、この間盗みに入られたって言うし。」

三田も平戸屋が歓迎していない事は百も承知だった。

「あれは手前どもの使用人の嫌がらせ。もう解決しております。」

「だったら良いんだけど、うちの目明かし達も釈然としてはないみたいだし。」

三田からしてみれば、平戸屋の方がある意味烏小僧以上に何かと怪しいと感じており、盗難騒ぎを隠そうとしている行為にいかがわしさしか感じていなかった。

「これは心外ですな。先月訪れた親分方がそうおっしゃっているのかもしれませんが、濡れ衣も良いところです。大体何か盗まれたとしてそれを隠してうちが何か得をする事がありますか?」

「確かにそうよね。盗まれた物が後ろめたい物で無ければそうだわよね。」

三田の一言がいちいち癪に障る平戸屋ではあったが、相手は癪に障らせて尻尾を掴もうとしているのは判っているので、苛つきながらも愛想良くしていた。

「これはこれは。キツい物言いですな。」平戸屋はわざとらしく手ぬぐいで汗を拭う仕草をしながら、さも窮したような風に見せた。

「ふーん。まあいいわ。」平戸屋は内心ほっとしていたが、三田は続けて

「そういえばここって珍しい物を置いているんですって?嫁に何か買ってやりたいんだけど、良い物はあるかしら?」三田のまさかの申し出に平戸屋は不意を突かれた。

「珍しい良い物ですか?・・・私はこれから出掛け・・・」言いかけるのに被せるように

「いや貴方、なかなかの目利きと聞くし、出来れば主人自ら見立ててくれる方が面目が立つんだけど、お願い出来るかしら?」

「はあ、分りました。どのような品をお探しですか?やはりかんざしや櫛とかですかね?」

平戸屋は諦め混じりで問い返した。

「そうねぇうちの嫁は器に興味があるから、ギヤマンの何かとか良いかもね。」

「承知いたしました。奥より取ってこさせます。」

このあと、あれやこれやと悩みに悩む三田に付き合わされ、一刻以上の時を潰された後、それ相応の値のしたガラスの器を手に三田が帰った時には日がだいぶ傾き始めていた。

「クソ、ふざけた与力が!とにかく急がなくては。おい、駕籠はどうした。」

「旦那様があまりにも遅いので、とっくに帰られましたよ。」

「何故引き留めて置かないんだ!」

「それはあの方々も商売ですから・・・。」番頭は無理難題を言う主人にそう返答した。

「全くどいつもこいつも。とにかく駕籠を呼んでおくれ。直ぐに出る。」

平戸屋は怒りに打ち震えながら駕籠を待ったが、更に半刻待たされる羽目になった。





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