第三十一話 修験者
平戸屋の持ち家にはお冬が密かに潜んではいたが、また別のモノも影に紛れていた。
「役の殿、なかなかの術でござりますな。」
そこには護摩壇にたかれた炎に、肥前守達の姿が映し出されていた。
役のと呼ばれた人物は、烏天狗からの知らせを受けて式神を件の屋敷に忍ばせ、その式神が見たものや聞いた音を護摩壇の炎を通じてまるで目の前に居るかのような状態を作り出していたのだ。
「何のこの位、ほんのお遊びだな。それよりも・・・。」
役のは思案顔で炎を見つめた。
山伏のような出で立ちは天狗達とさして変わらぬようには見えるが、その異形は天狗とも人とも言い切れず所謂「鬼」と呼ぶべき存在だが、常なる鬼とも少し違った雰囲気を持っていた。
「確かに由々しき問題ですな。何か途方も無い事を企んでは居るようですが、全貌は見えていないというか闇は深そうですな。」
烏天狗の一人が覗き込むようにしながら、先程からの会話に耳を傾けていた。
「南蛮の妖術とはな。人という奴らはどうしてこう厄介事を起こしたがるのか。」
役のはそう呟いて苦々しげに映し出される様子を眺めてると
「役の様首尾はいかがでしょうか?」背後から声をかけて来るものが居た。
「これは世を騒がす烏小僧殿ではありませぬか。」
役のが大げさな上に、おどけた様子で声をかけた。
「役の様茶化さないで下さい。こちらは真剣なのですから。」
「これは失敬。それにしても此度はいささか厄介な事に首を突っ込まれましたな。」
「私もこのような事が起こっているとは思いもしませんでしたが、致し方ありません。」
「相変わらず気丈ですな。それにしても今宵はどうされます?狙いの場所はかなりの手練れが控えておる様子。骨が折れそうですぞ。」
烏小僧は少し考えるような仕草をした後、他に手はないといった様子で
「この度は私が狙いの場所へ行きます。陽動は他の者に任せましょう。」
すると
「それはなりませぬ。」烏天狗の一人が異を唱えた。
「烏小僧は陽動で働いてこそ捕り方が追います。我々ではムキになってまでは追わぬでしょう。」
「確かにのう。だが人の姿にならず烏天狗のままで動けば・・・。」
「役の殿、冗談でも止めて下され。別の騒ぎになりまする。」烏天狗が気色ばんだ。
「それはそうか。すまぬすまぬ。」役のはおどけた調子で謝って見せた後
「烏小僧よこの者達の言うとおり、おぬしは目立って捕り方を引きつける役に徹するべきじゃな。」
役のはそう言って、烏天狗達の意見に賛同した。
「役の殿もこうおっしゃっております。何を心配しているのか何となく察しますが、こう見えて我々も鞍馬流剣術の使い手揃い。人の使い手に遅れは取りませぬ。」
そう言って胸を張って見せた。
「そうは申しても、私の為にあなた達をこれ以上危険な目に遭わせるのは・・・。」
烏小僧はなおも躊躇していたが、烏天狗達の決心が固く到底説得出来ないと知ると
「分かりました。私は私の役割に徹しますので、くれぐれも命を危険に晒すような真似はせぬようにお願いします。」そう言って深々と頭を下げた。
その姿を見て役のは、満足げに大きく頷くと烏天狗達の方へ向き直り
「して其の方達はどうする?何か策はあるのか?」
「無論です。が、出来れば手練れの正確な数が解ればなお有り難いです。」
「なるほど。心得た。」そう言うと役のは式神を使って辺りを探索し始めた。
しばらく炎の中を見ていた役のは、おもむろに振り返り
「かなりの人数を集めておるようだが、今のところ手練れと呼べるのは六人ほどだな。」
「六人でしたら我々で充分ですな。」
「んっ?」
「役の殿いかがなされた?」
「いや、どうも一人だけ人とは違う気の者がおってな。どちらかと言うと我々の側のようだ。」
「それは厄介ですな。だが、先持って心得ておれば、やりようはあります。」
「ならば良いが。くれぐれも用心せねばな。して、今宵はあやつらの言う『紙』とやらも持込まれるようだが、どちらも狙うのかな?」役のは興味深そうに尋ねると
「千載一遇の機会。出来ればそうしたくもありますが、欲張って事をし損じては何もなりませぬ故、あくまでも所在の確かな『芯』の方を手中に収め事に専念いたします。」
「うむ。それが良かろうな。しくじれば元も子も無い故な。」
「お心遣いありがとうございます。此度は無理に子の地に足を運んで頂いた上に、強いてお力まで貸して頂き、感謝のに堪えませぬ。」
「それほどでも無い。それよりも何やら面白き事になりそう故、もうしばらくこの地に留まろうと思うのだが、構わぬか?」
「是非もありませぬ。こちらこそ居て下さるだけで心強いです。」
役のは満足そうにうなづいた。




