第三話 十手
盗人を引っ立てて奉行所へ向かう道すがら、進之介が三田の背中に問いかけた。
「三田様、前々から気になっていたのですが、なんでおりょうちゃんは十手を持っているんですか?
親父さんの源三さんから受け継いだって話は聞いたことはあるのですが。」
「あなた今更?」三田はあきれたような表情で進之介に向き直ると、
「すみません、今更で。」頭をかきながら悪びれずに軽く頭を下げた。
「しょうが無いわね、進之介、岡っ引きは十手を持てないことは知ってるわよね?」
「もちろんです。三田様。でも我々同心が許せば持てましたよね?」
「ええその通り。西国一の大親分と呼ばれた源蔵なら持っていても不思議はないわ。」
「そうですよね。私でもおりょうちゃんの親父さんがすごかったことは、父に聞かされてよく知っています。」
「でもね、あの十手我々が許したものでは無くてよ。」
「え、違うんですか?じゃあ何故?」
「元々源蔵は十手を持ちたがらなかったの。何度か勧めたけど『いらねえよ旦那』の一言でおしまいだったのよ。それがね。」
「それが?」
「あれはね朝廷から仰せつかったの。つまり帝から下賜されたものなの。」
「帝から?下賜されるものなのですか?」
進之介は目を丸くした。
「細かい話はよく知らないんだけど、朝廷を揺るがすような大きな騒動が起きて、それを源蔵が解決したらしくってそのご褒美が十手だったらしいわ。」
「なるほど。でも源蔵さんは十手はいらないって言ってたんですよね?」
「まあそこは帝から下賜されたものでしょ?さすがの源蔵も断れなかったみたいよ。」
「確かに断るのは難しいでしょうが、勝手に受けて良いものなんですか?」
「さすがにそこも抜かりは無いというべきかしら。わざわざ詔を下して下賜したのよ。」
「それじゃあ源蔵さん絶対に断れないやつじゃ無いですか?」
「そうとも言うわね。しかもね。」
三田は進之介にグッと顔を近づけると、進之介の耳元へささやくように
「十手のくせに正五位の御身分なのよ。驚きでしょ?」
「殿上人なんですか、あの十手は!?」
「人では無いけど、そうなるわね。十手を殿上に上げられるようにして、直々に源蔵を近くに召し出せるようにしたかったらしいけど。結局はその後すぐに殺されてしまったから・・・」
「そうでしたよね・・・。」
二人の同心の間にしんみりとした空気が流れた。
その空気を嫌った進之介は
「でも、なんでおりょうちゃんがその恩賜の十手を預かっているんですか?」
「私もそこが不思議なのよね。私の記憶では確かおりょうは、岡っ引きは継ぎたいけど十手は返すつもりだって言ってたのよ。」
三田は記憶をたぐり寄せるように当時の事を思い返していた。
「それが朝廷だかなんだかから人が来て、説得されたみたいな話になっていつの間にか。」
「結局引き続き十手を預かるようになった。と言うことですか?」
「ま、そういうことね.どうしてもまだ気になるんだったら、おりょうに直接聞いてみたら?」
「そうですね・・・。」
進之介は生返事をしてこの会話は終わりを告げた。
一方おりょうと言えば、子分達と共に番所に戻ると一息入れていた。
「鬼徹も一息入れなよ、つかれたやろ?」
「お嬢ありがとうございます。これを済ましたら一息入れます。」
鬼徹は顔すら向けずに背中越しに答えた。そんな素っ気の無い鬼徹の態度は平常運転とばかりにばかりに、おりょうは気にも留めず茶をすすっていた。
そこへバタバタと子分の一人が番屋へ駆け込んでくる。
「あっ姉御、こちらでしたか。」
「なんや、定吉。相変わらず落ちつかへんやっちゃな。」
「そんなことより姉御、松蔵親分が力貸して欲しいって。」
「松蔵親分が?なんやろうな・・・?とにかく行くしか無いな。」
おりょうは定吉について番屋を出た。その後を遅れじと鬼徹が続いた。
道すがらおりょうは、定吉から事の次第を聞いていた。
大店に盗みが入ったと言うことだった。
ただ、それだけではあったが松蔵親分の勘がが何かを感じたのか、とにかくおりょうにも見て貰いたいらしい。
松蔵親分がおりょうに声を掛ける時、それは一筋縄ではいかない事が起きている時でもあった。