第二十七話 月番終わり
おりょう達が蒹葭堂の家を訪れた翌日、西町奉行所では朝からピリピリした空気が支配していた。
西町奉行所が月当番になってからというもの、連日烏小僧が現れて荒らし回っているので奉行所の面々は心安まる暇もなく、あまつさえ烏小僧に好き放題される一方の西町奉行所に対する風当たりも強かっただけに苛立ちは募る一方だった。
それに輪をかけていたのは西町奉行である讃岐掾の態度で、何も出来ないくせに怒鳴り散らしてばかりなのが、ただですらピリ付いている空気を更に悪くしており、讃岐掾自身、烏小僧の出現を確信し怯えている事を人に知られぬように虚勢を張っていたのだった。
その様な事が相まって月番の最終日に烏小僧が現れるという事が、与力から目明かしに至るまで西町奉行所に名を連ねる者にとっては、疑う余地すら無い当然の事のように思われていた。
とはいえ烏小僧の影にただただ怯えて、苛ついている者ばかりでは無かった。
奉行の讃岐掾は相変わらずではあったが、補佐役などは左遷も覚悟で密かに東町に使いを遣り、いざという時の助力を取り付けていた。助力を承諾した東町の方では表立ってこそ動く気配は見せなかったが、与力の大石に何時でも出張れるよう待機を命じていた。
また、目明かしの銀三はおりょうに対して、烏小僧が現れた際には銀三の配下の体で直接手助けしてくれるように頼んできていた。
「銀三さん勿論加勢させて貰うで!話し無かったらこっちからお願いするつもりやったから。」
「ありがとう。ほんま助かるわ。おりょうさんが来てくれたら百人力やで!」
「松蔵親分も加わりたそうやったけど、大石様が出張るかも知れないとなると、一緒に動かなあかんから諦めたって。」
「まあ、松蔵に来て貰ってもこっちが遣りづらいわ。精々宮使いの方に精進して貰った方がええ。」
銀三はニヤリと笑うと忙しげに立ち去った。
おりょうは銀三を送り出すと、子分達を2手に分けておりょうと供に行動する組と、昼番を担って夜は番屋に待機する組へと組み分けをして夜に備えた。
「姉御、ほんまに今夜烏小僧出てくるんですかね?」
定吉は手作業を一旦止めると、疑わしげにおりょうへ問いかけた。
「定吉どおしたん?あんたにしては珍しい物言いやな。」
「いえね、僕らや西町の連中だけが言うてるんやったらともかく、町中で今夜出てくるって噂で持ちきりやし、何よりこんだけ騒ぎになってしもてたらこっそりなんて出けへんから流石の烏小僧も今夜は大人しゅうしとるんちゃうかって思うんですわ。」
定吉の言葉に鬼徹も頷いて首肯していた。
「言うとおりやと思うけど、間違いなく烏小僧は出てくるで。」
「姉御えらい自信ですね。」
「まあな。けど思いつきとかとちゃうで。」おりょうは続けて
「まあ、普通の盗賊やったら絶対出てけえへんやろ。けど、烏小僧は普通や無い。」
「普通や無い。ですか?」定吉は訝しげに尋ねる。
「うん。烏小僧は普通や無い。まず、そもそも商家への盗みはほんまの目的やないし、盗んだ金品を貧しい人にバラ撒くのも本筋やない。もっというたら捕り方の目を引きつければ引きつけるほどええと思ってる節すらあるんよ。」
「なんですかそれ?ただのイチビリか目立ちの目的の阿呆ですか?烏小僧は。」
「まあ、ある意味阿呆かもしれんけど。別に目的があってのことやから寧ろ頭がええのかもな。」
「別の目的って?何ですかね。」
「そこまでは流石に分からんわ。けど、」おりょうは少し考え込む風にして
「けど?」
「明らかに他の誰かの様子を気にしながら動いてんねん。」
「他の誰かですか?要するに囮ってことでっか?」
「そういうこと。肝心の目的が分からへんから今はそれ以上はなんも言われへんけど、狙いが狙いやから今夜は絶対出てくるし、何とか手がかりだけでも掴みたいんよ。」
おりょうはそう言って拳を握った。
「よーわかりまへんが、とにかく姉御がそう言うんやったら間違いない思います。」
定吉は納得した表情で手作業を再開させた。
「さて、烏小僧はどう出るんかな?」おりょうは誰にも聞こえない程の小声で呟いた。




