第二十六話 西洋渡りの書籍
ただただ物珍しそうに石を眺めていた三人の様子を満足げに見守っていた蒹葭堂は、今度は後ろの方から数冊の本を取り出してきた。
見るからに堅牢な造りで、日頃見慣れた書籍とは明らかに違う雰囲気が西洋の書物である事を示していた。
「この本は阿蘭陀から渡ってきた本で、長崎から取り寄せたんやけど。」
そういって蒹葭堂は本を開いて見せた。中は精密な銅販画が描かれ絵の内容を記したとおぼしき文字が周囲を取り巻いていた。
「何か不思議な本?やな。」
「本を商っていてもなかなか洋書は見かけ無いけど、これは特別珍しそう。」
「蒹葭堂様これは蘭書でも無さそうですが?」
三人の感嘆の声を聞いて満足げに蒹葭堂は
「お高さんにそう言うてもろたらしてやったりや。お壱さんは流石やな。おりょうさんはこういうの初めてか?ものすごい眼福やで。」
「やはり蘭書ではないと?文字は似ていますが、雰囲気が違うといいますか・・・。」
お壱はあごに指をあてながら本を凝視していた。
蒹葭堂は頷きながら
「この本は羅甸語で書かれたもんで、向こうでも珍しい物らしいそうや。」
「蒹葭堂先生、羅甸語ってなんなんですか?阿蘭陀の言葉と違うんですか?」
「おりょうさんええ質問や。西洋ちゅう所は国が藩みたく隣り合っててな、そのくせ言葉はそれぞれ違ったりするから、学者先生なんかは大昔みんなが使ってた文字を使うて意思疎通を図っとるらしい。」
「つまり我々が清や朝鮮の人たちと言葉は通じなくても、漢字を使えば文字で会話が出来るのと同じって事でしょうか?」お壱の問いかけに蒹葭堂は大きく頷いて
「そうですわ。場所は違うても人の考える事は同じっちゅう事ですな。」
「なるほど。面白いわね。」お高も興味深そうに頷いていた。
興に乗った蒹葭堂は続けて
「そういえばこの本を手に入れた時に、面白い話も聞きましてな。」
「面白い話?ですか?聞きたいな。」
『是非伺いたいです。」
「うちも聞きたい!」
「よろしいでっせ。実はこの本手に入れた時、別の本も薦められまして、その本ちゅうのがなんでも西洋の呪術?の本らしくて、『興味あるんちゃいますか?』って。」
「西洋の呪術?陰陽師みたいな物かしら?」
「まあ似たようなもんなんかも。ただ、大元の考え方は全然違うみたいやけど、やろうとしてる事はそう大差ないか?」
「で、どのような事だったのですか?」
お壱が知的好奇心がそそられるのか、いささか喰い気味に問いかけると
「私が見せてもろうたんは、土から動く人形を作るっちゅう内容やったかな。」
「動く人形・・・?」お高はキョトンとして呟いた。
蒹葭堂は頷くと
「人形を土で作って、呪い(まじない)を書いた護符を埋め込んだら動き出すらしい。陰陽師の式神とはちょっとちゃうかな。あれは呼び出す感じやけど、向こうのは先に形作ってからやし。」
「なんかよーわからんけど、ホンマにそんなん出来たら怖いな。」
「まあ、その辺は陰陽師の式神と同じで、誰でも彼でも出来るもんちゃうらしいけどな。」
「そうですよね。そんなのがゴロゴロいたら大変よね。」お高はほっとした表情でうなずいた。
「と言うわけで、本を見せてもろうて特別に珍しいもんやから興は大いにそそられたけど、内容が内容やし伴天連の疑いをかけられるのもかなんからお断りしたわ。」
「確かに。洋書というだけでも胡散臭く思われるから仕方ないですわね.でも、ちょっとだけ見たかったかも。」お高はいたずらっぽく笑って見せた。
「女将。女将が言うと実行しそうで洒落にならないので止めて下さいね。」
「お壱。滑稽を少しは解ってよ。」
「お断りします。」
「お壱!」
お高とお壱のやり取りを見て、おりょうと蒹葭堂は声を上げて笑った。
その後も蒹葭堂と大いに歓談した三人は、陽がだいぶ傾いた頃合いに蒹葭堂宅を暇した。
「おりょうちゃんどうだっ?」
「ものすごう楽しかった!お高さん連れてってくれてありがとう!!」
おりょうは満面の笑顔をお高に向けた。
「やっぱりおりょうちゃんは可愛い!」お高は叫びながらおりょうに抱きつこうとすると、
「女将!いい加減になさい!!」お壱の手刀がものの見事にお高を捉えた。
「お、お壱、女将に向かってなんてことするのよ。」頭を押さえながら抗議の声を上げた。
「お、お壱さんお手柔らかに・・・。」
「いえ、おりょうさん。こういう輩はこの位しないと分からないので大丈夫です。」
お壱は男前な表情でおりょうに答えると、おりょうは気まずそうに苦笑いを浮かべるのだった。




