第二十五話 浪速の才人
蒹葭堂の邸宅の前に丁稚が立っていて、早速三人を迎え入れた。
「お高様ようおいで下さいました。主人が待ちわびておりますので、こちらへどうぞ。」
見ればかなりの客人が出入りしているようで、友人知人を大勢招待しているらしく、今回の物品を一目見ようと屋敷の中はごった返していた。
木村蒹葭堂は本名は吉右衛門といい、造り酒屋を始めとして手広く商いをする大店(坪井屋)として知られていたが、それ以上に文学や物産学、本草学やオランダ語などにまで通じ、出版にも携わるなど博学多才な人物として知れ渡っており、そんな彼の知識と人柄に魅せられた人々がこの日も数多く屋敷を訪れていた。
そんな中をすり抜けるように三人は奥へと案内された。
主人の部屋とおぼしき場所の近くまで来ると、丁度別の客が要件を終えて出てきた所に出くわした。
「おや、お高さんこれは奇遇ですね。」お高の顔見知りらしく、顔を突き合わせるなり声をかけてきた。
「あら、錦屋さんではありませんか?ご無沙汰です。」お高はそう応えて頭を下げた。
「こっちに来られてたんですな。是非うちにもおいで下さい。江戸の新しいものでもあれば、妻が喜びますのでね。」
「勿論です。それより先日は大変でしたね。奥方様も大丈夫でしたか?」
「もうお耳に入っておりましたか?驚きはしましたが、特に危害も無かったので、良かったです。」
「それは良かった。」
すると、錦屋さんはお高の耳元に顔を近づけて
「むしろ気の毒に思われた方々がいつも以上に贔屓して下さったから、御の字です。」
そう囁いてニッコリ微笑むと、お高もつられて微笑んだ。
「では店をに戻りますのでこれで。」錦屋さんは一礼をして去って行った。
おりょうは、お高と去って行く錦屋さんをチラチラ見ながら
「お高さん、今の人ってもしかして。」
「この間烏小僧に襲われた錦屋さんのご主人よ。」
「そうなん?うわー話聞きたかったのに!残念や!」おりょうは頭を抱えて残念がった。
「困ってるおりょうちゃんもかわいい。何だったら一緒に錦屋さんに行く?」
「ホンマ?・・・でも何か交換条件あるんやろ?」おりょうは怯えるようにお高に尋ねた。
「大丈夫よ。今回は。」
「今回は?でもまあ、ありがとう。」おりょうは釈然としない思いを抱えながら礼を言った。
そのやり取りを見ていたお壱はあきれ顔でいると
「旦那様、お高様とおりょう様を連れて参りました!」
「そうか、奥に入って貰って。」丁稚の声にどこか品を感じる初老の男性の声が応えた。
丁稚に促された三人は奥座敷へと足を踏み入れた。
「よー来てくれはったな。」奥に居た主人は、三人の顔を見るや声をかけてくると
「蒹葭堂先生、この度はお招き頂いてありがとうございます。」
お高がそう言って頭を下げた。
「こちらが自慢したいものがあるからお呼び立てしただけでっから、気にせんといてや。」
蒹葭堂はそう言って手を挙げた。続けて
「そちらのお方がおりょうおさんかな?初めまして。よー来てくれはった。」
「はい。そうです。うちがおりょうです。目明かしやらせて貰ってます。今日はありがとうございます。」
おりょうは緊張していたからか少し早口に答えると、頭を下げた。
「そないに畏まらんでもええよ。楽にしてや。」そういって蒹葭堂は三人にお茶を差し出した。
目の前には数多の貝殻や珍しい模様の石が所狭しと並べられて目を楽しませていた。
「相変わらず珍しい物ばかりですね。」お高が感嘆の声を上げた。
「おおきに。でもこれはまだ序の口。今日見せたいのはこれや!。」
蒹葭堂は包んでいた風呂敷を取り払うと、そこには何かの形の石の塊が現れた。」
「これは一体?見た事無い石ね。」
「何でしょうね?石?骨?何か生き物の形にも見えますが?」
「これなんなん?見た事無い。すごい物って事はうちでも判るわ!」
三人は三様の驚きの声を上げて、石のような塊に見入っていた。
「これが何か判りますか?」
三人は大きく首を横に振った。
三人の反応を満足そうに見やると、石の全体が解るように持ち上げた。
「これは石になった物の怪・・・では無うて今はもういてへん生き物の亡骸や。」
「亡骸ですか?」お高が不思議そうに尋ねた。
「そうや。っていうてもどのくらい昔の生き物なんかは解れへんねんけどな。唐の国では伝説の生き物の何かちゃうかっていうて、削って薬にしてるらしいで。」
「薬。ですか?」お壱もどういう物か理解出来ずにいる様子だった。
蒹葭堂は頷きながら続けて
「これも長崎から取り寄せた唐渡りの『竜骨』と言う名前の薬として手に入れたんやけど、私は端っから薬と思って手に入れてないから。」
そういってニヤリとした。




