第十八話 目星
おりょうは銀三に部屋の奥を勧めたが、
「かまわねえよ。」と言って蹴上がりの板間に座ると懐から折りたたんだ紙を取り出した。
「おりょうさん、コイツを見とくれ。」そういって広げたのは町場の地図で、所々に朱書きで×印と日付が書き入れられていた。
「親分さんこれはもしかして・・・。」
「そう、烏小僧が現れた場所と日付を書き入れた地図や。何かの助けになるかなって思ってな。」
銀三は広げた地図を見ながら、これまでの西町の月番の時に現れた烏小僧の動きについて話をした。
「こうやって改めてみると、短期間にえらい暴れ回ってますね。」おりょうは感心していた。
「盛りの付いた猫でももう少し大人しいやろ。ほんま堪忍して欲しいわ。」
銀三のぼやきを聞き流しながらおりょうはしばらく地図を眺めていた。
すると、ふと何かに気がついたようで
「なるほど。」
「おりょうさん、何か判ったんか?」銀三が身を乗り出す。
おりょうはちょっと身を引きながら
「いや、まだや、ただうちが初めて烏小僧を見たときもそうやってんけど。」
おりょうは指を顎に当てながら
「烏小僧自体の目的は捕り方と遊ぶ事とちゃうかなって。」
「えっ」銀三は目を丸くした。
「あ、御免。言い方が悪いな。でも烏小僧自身はそう思っている節があんねん。」
「ただ遊んでるだけやったらホンマにふざけんなやで。」銀三は地図を睨みつけた
「ただし、それは烏小僧自身のこと。」
「烏小僧自身?」
「うん、烏小僧一党としては別の思惑というか、明確な狙いがあるんやと思うねん。」
「その烏小僧一党の狙いってなんやろうな?」
「それは流石に。まだ材料がなさ過ぎるわ。でも、烏小僧はあくまでも囮で、ホンマの目的は他の仲間がやってると思うんや。」
「やとしてもや、そんな届けは全然無いで。商家が烏小僧に襲われた。同じ頃に他所の場所で盗みとか襲われたとかは無かったな。」
「うん、そこやねん。今回の肝は。」
おりょうは今はあくまでも憶測だと断りながら、
「普通何か盗られたら、訴え出るやろ?それが大事なもんなら尚更や。」
「けど、訴えは出て無い。」
「そう。つまりは大事なもんやけど、お上に言われんようなもんを烏小僧一党は狙ってるって言うことやねん。」
「なるほどなあ。けど、ちょっと突拍子なさ過ぎへんか?」銀三は感心しつつ疑問を投げかけた。
「確かにそう。うちも何にも無かったらそんなこと考えへんのやけど。」
「何か最近気になることでもあったんか?」
おりょうは頷いて。
「平戸屋さんが盗みに入られたって言うてきたけど、後から『気のせいやった』っていうことがあってすごい不思議やった。」
「そういえば、松蔵が言うとったな。納得いかへん言うてボヤいとったわ。」
その時の松蔵を思い出してか、銀三は思い出し笑いをした。
おりょうは構わずに
「その時感じてんけど。確実になんか大切なもん盗まれてんなって。しかも盗んだ奴はわざわざ盗んだことを気づかせて、お上が呼ばれるように跡残しまくってた。」
「わざとって?なんでやろ?そもそもなんでわざとやったってわかった?盗むもん探すときに散らかしたかもしれんやろ?」銀三はいまいち理解出来ないと言う表情を浮かべた。
おりょうは少し若干得意げに
「うちが気ついたんは、端渓の硯を見たからや。」
「端渓ってごっつい値打ちのある硯やろ?まあ平戸屋さん大店やからそれぐらいあっても不思議やないけど、そもそも硯とわざとの繋がりが判らんな。」銀三は頭をひねった。
おりょうは頷くと理由を話した。
「端渓は高価な硯やけど、値打ち知らんかったら只のごっつい石の塊や。まあ見た感じ値打ちありそうやから、只の盗人やったら頂戴してたかもしれん。」
「なるほどな。で、」銀三は先を促す。
「けどこの盗人は盗らんかった。でも、ぞんざいにも扱えへんかった。散らかす時に硯はほったりせずに丁寧に伏せたんよ。」
「確かにな。投げたら欠けとるな。」
「つまり盗人は硯の値打ちは知っとったからようほらんかった。だからといって狙いは別にあったから盗りもせんかった。ちゅう訳や。」
「なるほど。流石やな。」銀三はしきりに感心していた。
「端渓よりも価値のあるものは多分、平戸屋さんにとっても大事なもんやったはずやけど、松蔵親分にはよう言わんかった。」
「それにしてもなんで散らかしたんやろうな?そんなことせんかったら、気付かれへんかったかもしれんのに。」
「そこはうちも理解しづらいんやけど、平戸屋さんにお上の注意向けさせることで、動きを抑える狙いもあったんかも。そこはまだまだこれからやな。」
おりょうの言葉に頷きながら銀三は続けて
「とにかくその時は、表だっては言われへんもんを平戸屋は盗まれたから、訴え出てない。今回も同じや無いか?ちゅうことか。」
「まあそういうこと。最も、これだけでは何の解決にもなってへんけどな。」おりょうはそう言って悔しげな表情を浮かべた。
「そんなことないで。暗闇の中に何か小さいながらも灯りを得た様や。」銀三は満足そうだった。
「うちは東町やから表だっては動かれへんけど、ちょっと調べてみるわ。」
銀三は立上がりながら
「ありがとうな。この地図はあげるわ。あんじょう使ったって。」
そう言って番屋を後にした。
「さて、散歩でも行ってこうかな。」
銀三を見送ったおりょうは、残された地図を興味深そうに眺めていた。




