第十七話 銀三親分
番屋でモヤモヤした気分を過ごしていたおりょうは、思わぬ訪問を受けることになる。
「おりょうちゃんおるか?じゃまするで。」
松蔵がはげた頭を撫でながらおりょうの番屋にやって来たのだった。
「親分さんこんにちわ!今日はどないしはったんですか?」
「いやちょっとな。会うて欲しい奴がおるんやけど。」
「会うて欲しい?」
「そうや。昼餉までには尋ねてくるはずやから。会うたって。」
「はあ。」
「ほな、言うこと言うたから去ぬわ。」本当に言いたいことだけ言った松蔵は、訳が分からないといった様子のおりょうを残したまま去って行った。
「松蔵親分どないしはたんですか?」
「なんか会って欲しい人がおるらしいってことやけど、よーわからん。」
「なんですか、それ?」定吉はあきれた様子でおりょうを見た。
人が来ると言われては番屋を留守にするわけにもいかず、仕方なくおりょうは本を読みながら昼餉近くまで過ごしていた。
会いに来るという人物もなかなか来ず、本を読み疲れてうつらうつらとし始めた時
「ごめんよ。おりょうさんは居るかい?」
遠くより声がした。続いて
「はーい。どちらさんですか?」入り口で定吉が応対しているようだ。
おりょうは夢うつつかと思い再び目を閉じようとしたその時、
「姉御ーお客さんでっせ!」耳をつんざくような定吉の声が響いた
「うっさいわーボケっ」
ゴン!!
おりょうの怒声と拳骨の音が番屋の中に響き渡る。
「姉御酷い。お客さん来たのに起きへんから起こしただけやのに。」
定吉は頭をさすりながら抗議した。
「あんたが大声出すからやろ。」
「じゃあ耳元で囁いた方が良かったんですか?」
「絶対嫌!やったらしばくで。」
おりょうと定吉がやり合っていると
「御免やけど、おりょうさんおらへんのか?」
「あーいます。ただいま。」定吉が答えておりょうを急き立てる。
「姉御!早う。」「わっわちょい待って。」
おりょうは押し出されるように土間へ出てきた。
「あ、ここ、こんにちわ。どちらさんですか?」突然だったせいか、見るからに挙動不審な動きでおりょうは出迎えた。
「こんにちは。松蔵から話聞いてへんかった?」
「あ、松蔵親分から来客があることは聞いてたんですけど、どなたが来るとかは・・・。」
「ったく、あいつらしいな。」来客は少し苦々しい表情を浮かべた後、改まって名乗った。
「おりょうさん初めまして。岡っ引きの銀三言います。」
「銀三さんて確か、空堀町の銀三さん?」
「そうですわ。その銀三ですわ。おりょうさんに知って貰えてるとは光栄やな。」
「岡っ引きで空堀町の銀三知らんかったらもぐりですわ。」おりょうは頼もしげに答える。
「で、その銀三さんがうちになんか御用ですか?」
「用ちゅうか、助けて欲しいことがあるんや。」
「助けて欲しいこと、ですか?」
空堀の銀三と言えば、大坂西町奉行所に属する岡っ引きの中でも一番の凄腕で、悪い奴らにとっては『泣く子も黙る』銀三で通っている。そんな実績実力充分な岡っ引きがおりょうを頼るとは、冗談にしか思えなかった。
きょとんとしているおりょうに向かって、
「あ、突然やったからな。済まん。もちろんおりょうさんが東町のお人やってことは分かってる。」
「いえ、そうじゃなくて・・・。」
「今月は西町の月番やし、正式に西町から東町へ助力を求めてもおらんからお門違い言うのも分かってるねんけど。」
「いえ、うちが言いたいのは・・・。」
「ん、おりょうさんどないしたん?」
何かもじもじと言いたげなおりょうに漸く気づいた銀三が問いかけた。
「いえ、うちは銀三親分に比べたら何一つ勝っているものあれへんのに、何かお助け出来ることありましたか?」
そう言われると銀三はにっこり笑って
「松蔵から聞いてるで。大層勘働きがええって。」
銀三の言葉におりょうは、またきょとんとしていたが、後ろに控えていた二人の子分は大きく頷く。
おりょうは照れながら
「そないに言われるとうち恥ずかしいです。人よりはちょい勘働きが利く方やとは思ってますけど、親分さんのお役に立てるかどうか。」
「あの松蔵が褒めてるんや。俺はあいつが言うんやったら間違いないと思ってる。」
銀三は自信満々にきっぱりと答えた。日頃は口げんかばかりやっている幼馴染みではあるが、ここ一番の信頼は絶大であるのだ。




