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第十三話 本屋の女主人

箱根関は幕府にとって重要な関であり、特に「入鉄砲出女」と言って江戸に入ってくる銃器と江戸を出る女性に対しては一掃の監視の目を向けていた。特に江戸を出る女性に関しての監視は厳しく、江戸を出る際には「御留守居証文」という手形が必要であり、証文には旅の行き先や目的を始め、本人の容姿や身体的特徴まで記されていた。

更に関所では「人見女ひとみおんな」と言う女性によって、身体的特徴の確認や頭髪の有無など厳しく調べられるのだった。

その様な山中の関所に一人の女性が供も連れずにやってきた。

すれ違った者なら男女を問わず振り返りそうな切れ長の目をした美人で、旅装束も脚絆に手甲、白足袋に草履姿も凜々しく、着物に羽織る上張りは品のある仕立てとなっていて、遠目からでも充分に目を惹き、街道に居る男達の羨望と女達の怨嗟を一身に集めてしまう存在でもあった。

ただ一つ、旅装束の女性にしては奇異に映ったのが背負っていた物の存在で、通常なら町中で行商の貸本屋が担ぐ背負子を旅装束の女性が背負うのであるから嫌でも目に入る。

「ったく、いつまで待ちゃ良いんだよ。こっちとらさっさと山を下りて、三島で綺麗どころと懇ろにって思ってるのによ!」

「仕方ねえだろ?御伊勢の団体さんに旅芸人一座、女人が数人と来れば待たされるさ。」

「はっ、落ち着きやがって!こちとらおめえのような聖人君主じゃねえや!」

「誰が、あと君主じゃ無くて君子な。」

「うるせいや!どっちでも変わんねえだろ?」

「んなことよりあれ見てみろよ。」

二人連れの男の片割れが指さした方に、旅姿に背負子の女性が詮議を待っていた。

「おお、なんだありゃ!いい女じゃんか?おめえあれをずっと見てたのか?とんだむっつりだな。」

「誰がむっつりだ!けど、いい女だろ?目の保養になるぜ。」

「違えねえ。」

二人の男は目を合わせると、下卑た笑いを浮かべた。

しばらくすると背負子の女性は詮議の場所へと進んでいった。

「ありゃ、行っちまった。」

「何処の上臈か気になるねえ。」二人はそう言って耳をそばだてた。


旅姿の女性が進み出ると、関所の役人が居並んでいた。その中で最も上席と見える人物が

「証文をこれへ。」端の役人が進み出て女性から証文を受け取ると、上席の元へ差し出した。

上席は舐めるように証文を改めると、女性へ問いかけた。

「其の方、名と居所を申せ。」

「お高と申します。住まいは神田。本屋を営んでおります。」

女性は平伏したまま答えた。

「本には色々あるがどのような物を扱っておる?」

「うちは貸本もやっております故、物の本から絵双紙人情物など堅い物から緩い物まで手広く扱っております。」

「して、上方へ向かう用向きは?」

「江戸だけでは無く、都や大坂でも店を持っておりまして、店の様子を見に行きがてら江戸の本を上方へ運び、また帰りには上方の本を江戸へ送る算段をしに参ります。」

「なかなかの繁盛のようだな。」

「それほどでもございません。何とか使用人共々食べていけるようにやっております。」

「うむ、ところでその背負子の中身も本か?」

「はい、左様でございます。」

上席は端の者に促すと、背負子を上席の元へ運び込んで中から本を取り出して上席へと渡し始めると、上席は一冊一冊手に取って中を改め始めた。

しばらくパラパラと本を眺めていたが、

「ん、こ、これは!」突然本を改める手を止めて、声を上げた。

「何かございましたでしょうか?」それまで落ち着き払っていた女性が、不安そうな面持ちで上席を見上げた。

「其の方これは何じゃ?ご禁制の品では無いか?」

「その様な物は、滅相もございませぬ。手前どもはまっとうな商いをするしがない商人にございます。ご禁制の品などに手を出すはずがありません。何かの間違いです。」

「ええい黙れ!かような品を見つけては只では済まぬ。厳しく詮議する故女調べで待つが良い。者共引っ立てい!」

泣き叫びながら取り乱す女性は、人見女に見張られれながら引きずられるように連れて行かれた。


「おい、聞いたか?あの落ち着いた女があんなに取り乱すなんて。」

「なんか禁制品がどうとか言ってたが?かなりヤバそうだな。」

「あの上臈何持ってたんだか。」

「本当に関所はおっかねえや。」

「くわばらくわばら。こんなとこサッサと去りたいぜ。」

男達は身震いしながら詮議の場所へと向かった。


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