第十二話 天狗守
隼人坊は久直に正対すると、手を着き深々と頭を下げた。
「其の方の差配のおかげで此度、儂は命を長らえることが出来た。謝しても謝し足りぬ。かたじけないことだ。」
久直は慌てて、
「隼人坊殿面を上げて下され。その様にされては私が困ります。」
「いや、天狗の矜持が許さぬ。天狗が恩知らずT思われても困る。」
「決してその様には。」久直は困惑したが、隼人坊はしばらくそのままでいた。
しばらくしてようやく顔を上げるT。
「其の方には是非これを受け取って貰いたい。」
そう言って隼人坊は、小さな錦の袋を久直に手渡した。
「これは一体?中を改めても構いませぬか?」
隼人坊は静かに頷いた。
久直が袋の中を改めると、細かい細工の烏天狗の小さい彫り物が現れた。
羽からくちばしまでしっかりと彫り込まれており、丁寧な仕事ぶりからも一方ならぬものだと言うことは感じ取ることが出来た。
「見事な彫り物ですが、人形のようなものですか?」
「まあその様なものかな。それは天狗守と言ってな、本当に叶えて貰いたい願いを一つだけ天狗の力の及ぶ範囲で叶えてくれるというものだ。」
「願いを叶えてくれるもの?」
「いかにも。さすがに亡くなったものを蘇らせることは出来ぬが、大抵のことは叶うと思って貰っても良い。」
「それはまた大層なものでは?私などには過ぎたるものです。」
「そうは思わぬ。其の方のようなものにこそ相応しい。其の方なら己の欲望や身勝手で願うことも無いだろうからのう。」
「はあ。」久直としては返答に困りはしたが、自分の本質を理解してくれているようで、嬉しくもあった。
「では、儂は行く。御役目が上手く運ぶよう願っておるぞ。では、さらば!」
隼人坊は翼を広げて遙か先の山々へと飛び去っていった。
「とまあこんな昔語りだ。因みにお役目の方は無事に終わってくれた。隼人坊を撃ったという連中は結局見つからなかったが、変事も無く無事だったことは喜ばしいことだった。」
御前は懐かしそうに遠くを見ていた。
「ところで御隠居。」
「なんじゃ?改まって?」
「その、隼人坊さんから貰ったって言う『天狗守』はどうしたん?まだあるんやったらいっぺんみてみたいわ。」おりょうは興味津々と言った表情で御前を見つめた。
「うーんどうしたのかのう?確か大事にずっと持っておったはずなのだが・・・、どうもどこへ直したのか忘れてしまったようだ。」
「えー何それ?御隠居大事なもの粗末にしすぎ。」
「いやあ悪いな。粗忽者で申し訳ない。次来るまでには探しておくから、な、そうふくれるな。」
「ほんま~?」
「本当だ。武士に二言は無い。隠居の身ではあるがな。」
「わかった。しょーないな。でも約束屋で?見つかったらいの一番に教えてや。」
「うむ、約束だ。」御前は笑顔で答えた。
「じゃあうちはそろそろ番屋に戻るは。御隠居またな!」
「おう、またな。」
「おたえさんもありがとう。うち帰るわ。」
「今度は近いうちにまた来てね。約束よ。」
「うん、わかった!じゃあまた!」
おりょうは元気に駆けだしていった。
「まあまあ、元気なこと。」そう言い残しておたえは奥へと下がっていった。
御前はおりょうを見送ると縁側に座り、懐からあの時に貰った錦の袋を取り出した。
袋は少し傷んで色もくすんではいたが、肌身離さず持っていたことは感じられた。
袋の中からは木片が現れた。
「あの時願ったことは叶っているのだろうか?例え望んだ形では無かったとしても。」
御前は木片を眺めながら自問した。
あの時、目をかけていたあの青年を失った時、大坂城代でありながら助けることが出来なかったあの時、せめて彼の一人娘が生きていけるように、酷い目に遭っていれば助けて貰えるようにと願ったのだった。
願いを受けた人形は袋の中で砕けた。
つまり、願いは聞き届けられた。ただ、どのような形でかは御前には知るよしも無かったが。
「あの義理堅い天狗殿のことだ。」
間違いなく願いは聞き届けてくれ、実行してくれたのだろう。そこに疑いは無い。
だから、
信じるしか無いのだ。
御前は暮れかかる空を見上げて、亡き人の忘れ形見の身を案じるのだった。




