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第十一話 隼人坊

林の中は薄暗いものの、天狗の倒れていた場所はやや開けてはいた。とはいえ手元の明るさとしては十分ではなかった。

また、大きな天狗の体を二人だけで動かすことは容易ではなく、天狗自身が身じろぐように動いてより藪の薄い場所へずれると、久直が余計な小枝を払ってようやく十分な明るさを確保した。

程なく大荷物を抱えた二人が戻ってきたので、早速火縄の銃弾を取り出し始めた。

小柄の刃を火であぶり少し冷まして銃創を裂くようにして開き、銃弾を抉リ出すように取り除いた。

傷口は直ぐに止血され、木綿の糸で縫い閉じる。

「傷が癒えたら糸は抜くのが良いでしょう。」甚八は血で汚れた手を洗いながら天狗に話しかけた。

「かなり痛かったはずだが、大丈夫か?」久直は銃弾を取り出す間微動だりせず、うめき声すら上げずにいた天狗を心配そうに見やった。

「・・・かたじけない。」それまで押し黙っていた天狗がようやく口を開いた。

「いや、大したことでは無い。それよりも一体其方の身に何が起きたのだ?」

久直にとって天狗がいたことは驚きではあったが、目の前に居る以上否定する気にはならなかった。ただ、それ以上に信じられなかったのは、世に名高い天狗たる者が鉄砲の餌食になっていたと言うことだった。妖術を使うなど人知の及ばない力を持つはずの天狗が撃たれるなど、とうてい思えなかったのだ。

「面目次第も無い。先頃天狗の名を騙って悪さをする奴らがいると聞いて、懲らしめてやろうと思い見回っていたところ丁度狼藉を働こうとする者達を見つけたので、近づいていったら思わぬ方向から火縄で撃たれたのだ。」

「もしかしてそやつらは最初から貴殿を狙って?」

「そうであろうな。儂を捕える気であったのだろう。撃たれはしたがそう易々と捕まる気も無いのでとっさに隠れ身の術を使ってやったから、どこに落ちたかは分からなかったようだ。しかもお主らが駆けつけてくれたおかげで蜘蛛の子を散らすようにどこかに行きよったわ。」

そういって天狗は痛みをこらえながら大笑いした。

「それにしても、幾ら的が大きいとはいえ飛んでいるものにあてるのはかなり難しいはずです。しかも動きを止めるほどの場所にあててみせるとは。」

甚八は首をひねっていた。

「それだけの腕前の者が居たと言うことか?」

久直は思わず大声で問いかけた。

「はい、恐らくは。只のゴロツキ風情とは思えません。猟師の仕業と言いたいところですが、この辺りで猟は認められますまい。火縄を持っているだけで捕えられます。」

「鉄砲方かもしれぬということか?」

「今は浪人かもしれませんが。」

「そうか・・・。」久直は思わず考え込んでしまった。

「とにかく、そちらはそちらの事情があるようだが、儂はお主らのおかげで山に戻れそうじゃ。」

「それは良かった。今はこの辺りは私の配下が目を光らせているので、何も出来ますまい。今のうちにどうかお戻りを。」

「そうじゃな。」天狗は大きく頷いた。

「それにしてもその傷で上手く飛べますか?」新蔵が心配そうに天狗の様子を窺った。

天狗はにっこり笑うと。

「心配は有り難いが無用のこと。隠れ身を使えるし、何よりもこの頓服を飲めばたちどころに痛みは消える。」

そう言って懐から薬の包みを取り出し、水を貰って一気に飲み干した。すると天狗の顔色はたちまち良くなり、先程までの痛みを堪えるような表情もすっかり消えていた。

「なんとこれは!」

「驚き申した!」

甚八と新蔵は驚きの声を上げ、左五郎ただただぽかーんとした表情で天狗を眺めていた。

「さすが天狗殿。」ひとしきり感心する久直に向かい天狗は

「まだ名乗ってはおらなんだな。儂の名は隼人坊。古峰ヶ原の隼人坊と申す一介の天狗じゃよ。」

「隼人坊殿と言えば、この辺りでは知らぬ者がおらぬ天狗殿ではござりませぬか。」

新蔵は驚きの声を上げた。

「そこまで有名とは思わなんだな。」隼人坊は嬉しそうに応え、続けて

「お主らには世話になった、ついては何かお礼をしたい。」

「礼などは。お気になさらずに。」久直は固辞しようとしたが、

「天狗からの礼は断るものでは無い。気を悪くするぞ。」笑いながらも頑として引こうとはしないので、久直達も天狗からの礼を受けることにした。

「まずそちらの者達には。」隼人坊は新蔵と左五郎に向かうと懐の錦の袋から、大きな紙の袋を二つ取り出すと、

「これは先程儂が頓服した天狗の薬じゃ。万病に効く薬で勿論人にも利く。使ってくれ。」

そう言って二人に手渡した。

「おお、これは。」「よろしいのですかな?いやはや有り難い。」二人は感激した様子で袋を押し抱いていた。

「で、銃弾を取り除いてくれたその方には是非受け取って貰いたいものがあるのだが、あいにく手元に無い。居所を教えてくれれば届けて進ぜよう。」

「私めはその様なことをしていただくほどの事はしておりませぬ。」甚八は格別の礼を受けるほどではと固辞しようとしたが

「甚八、先程隼人坊殿が申していたであろう、その気持ちに応えて受け取るが良い。」

主にそう言われては受け取らぬ訳にはいかず、素直に居所を伝えた。

後日甚八宅に届けられたのは鉄砲の弾で、銀で出来た球体の表面には呪文が刻まれ、弾その物にも特に術を施されたもので、妖を退治する為の弾であった。

甚八は十あった弾のうち五つを最寄りの神社に奉納し、残りを家宝として添え書きと供に伝えることとした。

その場にいたものに礼を終えると、居住まいを正して久直に向き直った。

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