第百七話 暴走
辺り構わず周囲のものを破壊しながら進む剛霊武は何人の指図も受けぬ有様で、当然のことながら平戸屋らの言うことなど聞くはずも無かったのだ。
「せめて『先生』が生きておられたら何なりと方策を考えてくれようが、我々だけでは如何ともしがたい。後はこのまま京へ向かってくれることを神に祈るしか無い。」
平戸屋は絶望しながらも一縷の望みを託して都へ引き返した。
剛霊武は目の前のものを破壊しながらも、辛うじて向かうべき先だけは忘れずにいるのか淀川沿いを辿るようにして京の都へと向かっていて、このままならば淀の城下町を蹂躙するのも避けられそうに無かった。
迎え撃つ淀城側も剛霊武の動きは掴んでいて、かの怪物の動向が伝えられるにつれ焦燥感が募るのだった。
「先程物見に発ったものからの知らせによると、当初大坂を出た頃より明らかに身は大きくなっており、辺りを破壊しつつこちらへ向かっているとのことです。」
その様な知らせが届く度に淀の藩士達は五臓六腑に痛みがはしるような心持ちになっていた。
俄に築いた砦では、鬼道丸が時を稼いでくれたおかげでこれ以上無いほどの備えは出来てはいたが、山ほどの大きさで迫ってくる来る姿を思うと気が気では無い様子で、当然のように砦の中を緊張した空気が覆うように広がりつつあった。
城内にあった大砲まで持ち出して迎え撃つ準備は整えてはいたが、続報が入るにつれまだまだ足りないのではと言う思いに駆られるだけだったのだ。
「せっかく綸旨までもろといていける思たのに上手くいかんもんやな。」
おりょうはそう呟いて頭をかいた。
「姉御!空気悪すぎですわ。やる前から負け戦でっせ。」
定吉も意気消沈した様子に頭を抱える思いだった。
鬼徹は黙って作業に没頭していたが、友が命を賭して作ってくれた時を生かせない様子に情けない気持ちになり
(もしここを抜かれた時は、鬼道丸に準じよう・・・。)
そう心に決めているのだった。
「揃いも揃ってこの有様とは情けない。たかだか化け物一匹当初よりでかく成っただけのこと。暴れるしか能のない木偶の坊に何を恐れることがありましょう?これでは私がお頭にいわれて出張った甲斐がありませんね。」
「なんやて!」
あまりの大言壮語にイラッとしたおりょうが振り向くと、そこにはお冬が配下を連れて立っていた。
「お、お冬さん?」
「はい、私です。おりょうさんともあろう方が情けなくありませんか?」
「そない言うてもな。相手はえらい大きいなった上に暴れ回って手え付けられへんねんで?」
おりょうがかみつくと
「だからそれがどうしたと言っているのです。おりょう様がいてこの伊賀衆一のくノ一である私がいるのですよ?退治できないわけがありません。」
お冬は周りを鼓舞するかのように殊更大きな声を上げて見せた。
「そ、そやこっちにはおりょう姉御がおった!」
定吉もお冬の意図を察したのか追従した。
そうすると意気消沈していた空気が徐々にではあるが変わっていったのだ。
気がつけばどんよりした空気は、まだ希望があるという前向きなものになり、士気はいやが上にも高またのだ。
「これでやっと闘える気が満ちましたね。」
お冬はそう言っておりょうに笑顔を向けた。
「お冬さんのおかげやで、ありがとうな。」
「礼には及びませんよ。寧ろこちらこそ申し訳ありませんでした。」
「申し訳無いって?うち話が見えてけえへんねんけど?。」
「隠密方がここまでさしてお役に立てていないからです。」
「そんなことは・・・。」
「ありますよ。そんなことは!」
何か言いかけたおりょうを遮るようにすると続けて
「化け物はこの地で我々が止めるつもりです。」
お冬が力強く宣言したところへ
「お待たせ致しました。お澄参りました!」
「お澄さん!」
「はい!お澄です。ちょと振りですね。」
お澄はおりょうへ笑顔を向けた。
「お澄も着いたことだし、おりょうさん安心してちょうだい。このお澄の他に『楪』と『咲』とい忍びの隠密も配置したのでご安心を。」
お冬はそう言い残すとお澄と共に剛霊武のいる方角へと駆けていった。




