第百五話 勇姿
おりょう達が天空を淀へ急いでいた頃、剛霊武と鬼道丸の闘いは終焉を迎えつつあった。
一昼夜以上続いた闘いは、傀儡人形でしか無い剛霊武にとってはいざ知らず、鬼といえど生身の鬼道丸にとっては体力の限界を迎えていた。
「さすがにこれ以上は拙いな。もう刀を握るのも辛いわい。」
鬼道丸は懐から手ぬぐいを取り出すと、手早く刀を握る手を縛った。
「にしても嫌になってくるのう。」
再び構えたその先には、初めの頃に付けたはずの刀傷も見当たらず、消耗すらしていない剛霊武が何事も無かったかのようにしていた。
振返って我が身を見れば、鬼徹が心血注いで鍛えた業物は刃こぼれが目立ち、鬼徹から受けた傷も治りきっていないうちに暴れたものだからぶり返して久しい。
何より剛霊武から受けた傷がじわじわと体を蝕んでいく。
このままでは疲労の前に破れることは避けられない。
鬼道丸は一気に勝負をかける決断をすると、腰を落として突きの構えを取って剛霊武に正対した。
感情の無い筈の剛霊武が一瞬怯んだように見せた刹那
「覚悟!!」
剛霊武の懐に飛び込むように突きを繰り出したのだ。
心血を賭けた一閃は剛霊武の胸元を貫くと、反撃の一撃を警戒して素早く刀を引き抜いた。
刀を受けた剛霊武がよろけるように二三歩後ろに下がると、その胸元からは黒い霧のようなものが噴き出していた。
受けた傷の場所が余程拙かったのか、感情が無いはずの剛霊武が怒り狂ったように反撃してきたのだ。
全力の突きに力の殆どを使い切っていた鬼道丸は、防戦一方となっていた。
鋭い手刀を辛うじて受け流してはいたが、徐々に押し込まれるようになり
「し、しもた!」
鬼道丸に気の緩みなど無かったが、疲労が一瞬の判断を遅らせてしまったのだ。
剛霊武の鋭い手刀がまるでお返しかのように鬼道丸を貫いた。
「ごふっ」
鬼道丸は血を吐き出して膝をついた。
しかしながら致命傷とも言える一撃を受けた鬼道丸は、ここに来て冷静に対応したのだ。
鬼道丸は自身の体から引き抜こうとする剛霊武の腕をしっかりと掴んで動けないようにすると、肩口から腕を一刀両断にしてみせた。
片腕を失った剛霊武は姿勢を崩したがすぐに立て直し、先にもまして激しく襲いかかってきたのだ。
しかし、片腕を失ったせいで重心が狂っているのか、先程のような鋭さは見る影も無く、残った方の腕も易々と鬼道丸の脇に挟み止められ、そのまま二の腕から下を切り落として見せたのだ。
両腕を失った剛霊武は後ずさると、敢えて動こうとはしなかった。
胸からは黒い霧のようなものは相変わらず出続けており、その所為なのか今まで見せていたように傷は回復する気配も無く、元に戻る事は無さそうだった。
一撃を決めたあと、再び鬼道丸は大量に血を吐いたが、その場に踏ん張るようにして剛霊武を睨みつけていた。
「これは一体どうなっているのです?」
人目につかぬよう葦の群生に紛れて剛霊武の元へやって来た平戸屋は、変わり果てた剛霊武の姿に驚きを隠せずにいた。
前日夕刻になっても姿を見せない剛霊武に痺れを切らした平戸屋の一党は、慌てて大坂の方へ下っていったのだが、途中怪物と鬼が対峙していると聞くに及んで一層焦りを覚えていたのだ。
「胸元から黒い霧のようなものが溢れているので、あるいは・・・。」
そう言われて胸元をまじまじと見た平戸屋は、絶望したような表情を浮かべた。
「まさか核を傷つけられたのか?堅い身体は石火矢でも崩せぬと言う話であったのに・・・。」
得心のいかない平戸屋ではあったが、相対している鬼道丸へ目をやると
「鬼の剛力であるなら可能だというのか・・・。」
平戸屋は呟くしか出来なかった。
当の鬼はにらみを利かせて身じろぎ一つせずにいたこともあったので、平戸屋としては動くに動けずその場に数刻留まっていたが
陽も高くなり始めた頃になって漸く平戸屋は悟ったのだった。
「彼奴、もう死んで居るのでは無いか!」
悔しげにそう言い捨てるしか無かったが
朝日を浴びて立ち往生する鬼道丸の姿は、何か誇らしげではあった。




