第百三話 展開
剛霊武が大柄な鬼と闘って足止めされているとの一報は、おりょう達が戻ることにやきもきしていた定吉達に勇気を与えるものだった。
「しめた!これで姉御が間に合うかもしれへん。」
馬防柵や空堀作りに従事していた鬼徹は少し複雑な感情でいた。
「あやつまだ傷は癒えておらぬのに・・・。」
各人の思惑はともかく、剛霊武が足止めされたおかげで少しでも時が稼げていると言うのは間違いの無いことで、おりょうの首尾さえ上手くゆけば淀勢の加勢も見込める事もあって俄に活気づいた。
各陣屋や代官所から集められた者達が、最初の備えを突破された以降も付き従って甲斐甲斐しく働いていたのだが、ここに来て更に西町の岡っ引き衆や捕り方達まで合流して作事に加わったので、作業はとてつもなく捗っていた。
「ありがたい事ね。こちらは町の方にも人手を割いているから、正直案じてはいたけど、これだけ加勢があれば何とかなりそうね。」
「三田様!高槻の日向守様から人足と米俵百俵が届けられました。」
「それは有り難いわ。使者の方にお礼を申し上げないと。」
現場を仕切る三田も忙しく立ち回りながら、近隣からの援助にも力付けられていた。
「あとはあの娘が上手くやってさえくれればね。」
そう言って京の方角へ顔を向けた。
一方無事参内を終え、首尾良く綸旨を出して貰えることとなったおりょうではあったが、とある公家の屋敷に足止めされてやきもきしていた。
「折角明日の朝一に綸旨をいただけるのに、なんでうちが一人でひとっ走りしたらあかんの?」
おりょうがいらだたしく声を荒げると
「おりょうちゃん気持ちは分るけど、こういうものはちゃんと手順を踏ま無いと駄目な時もあるのよ。」
お高が諭すようにしたが、おりょうは到底承服出来ない様子でふてくされて
「もうお高さんのこと嫌いになりそうやわ。」
「おりょうちゃん勘弁してよ・・・。」
「何やら賑やかじゃのう?常日頃静か過ぎるから賑やかでええわ。」
いきり立つおりょうとオロオロするお高達に声を掛けたのは、この屋敷の主だった。
「こ、これは大納言様の御前でご無礼を・・・。」
お高が畏まって詫びようとすると
「よいよい。それよりおりょうと申したな?そういきり立つのでは無いぞ。」
「しかし・・・。」
「焦る心持ちは分るけどよう聞きや。相手は曲がりなりに大名家の家来衆や。例え恩賜の十手が自分らより身分が上や言うても手にしてるのは岡っ引きや。向こうさんにしたら面白うは無いやろうな。」
「それはそうですが・・・。」
「で、あんたが綸旨を持っていったとして、畏まって受けてくれるやろうか?嘘やと言い立てて知らんぷりや無いやろうかな。」
「・・・。」おりょうは何も言えずにいた
「そやから、我のような公家が畏まって持っていった方が箔もつくし相手も素直に受けるやろ?迂遠に思うかも知れへんけど、急がば回れや。」
大納言にそう言われてしまうと、正論なだけにおりょうは頷いて従う他無かった。
出立は翌朝、綸旨が届き次第直ちにとなり、おりょう達は早々に休んで明日に備えることにした。
おりょうは気が立って眠れぬようにように思ってはいたが、屋敷の女房から借りた本を読んでいるうちにいつのまにか寝入ってしまった。
翌日、朝と言うにはまだ夜も明けきらぬうちに、綸旨が届いたとたたき起されたおりょうは、軽い朝餉を済ませると世話をしてくれた女房に礼を述べ、淀へと向かうべく屋敷の門を出た。
出立して間もなく、暗がりの中を進んでいると、突然黒い影が目の前に立ちはだかるように舞い降りてきたのだ。




