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第拾話 天狗

東照宮へと至る日光街道は五街道の一つとされ、日光東照宮への参詣道でありながら、動脈たる東海道や中仙道などと同格に扱われるほどの街道で、よく整備されていた。街道は宇都宮までは奥州街道と同じ道筋で、宇都宮から日光街道単独の道筋となっていた。

将軍の日光代参ではあるが、あくまでも代理なので岩槻や宇都宮のお城に泊まることは無く、将軍が参拝の折使用する御成街道を利用する訳にもいかないので通常の街道を使用し、また、参加する人員は元よりあらゆる面で簡素化はされていた。

とはいえ供物などは将軍の参拝と同じものが用意されるので、それなりの人数、格付けでの行列となっており、代理を務める者も石高こそ高くは無くともそれなりの家格を誇る者が選ばれていた。

そのような中、久直の役目は道々に異変が無いか行列に先行して見回るというもので、将軍自らの参拝ならば数ヶ月前から巡察が入るのではあるが、その辺りは代参と言うことで直前に見回るという体であった。

行列の本体が幸手宿辺りに近づきつつある頃、日程にして2日ほど先行していた久直は宇都宮で奥州街道から別れて、日光街道の本道に差し掛かっていた。

「今のところさしたる問題も無く、行列を順調に通せそうだな新蔵。」

馬上から久直は満足そうに辺りを見回していた。

「ようございましたな。日光まであと2日の道行きですが、身軽なので今夜には着けそうですな。」

轡を取る供の新蔵ものんびりした様子で応えていた。

次の茶屋で休息を取り、辺りの見回りに散っている者達を一旦集めて報告を聞こうとしていた矢先。

ダーン!

バリバリバリッ!!


どこかしらから火薬が爆ぜるような大きな音と木々をなぎ倒すような音が響き渡った。

音に驚いた馬が立ち上がりそうになるのを押さえつつ

「一体何事!」

「拙者にも何が起きたのか?火縄の音のようでしたが?」

轡を懸命に押さえていた新蔵もそれ以上のことは分からない様子だった。

ただならぬ事が起きたことだけは間違いは無いので、家来達に音のあった場所を探すよう命じ、急遽その場に留まって情報を集めさせていると、軽輩の者が転がるように久直の元に現れて、

「殿、た、大変でございます。て、て、天狗が天狗が〇□△!」

「左五郎落ち着け、何を言うておるか分からぬ。殿の御前ぞ。」

その後は何か訳の分からないことを叫ぶ軽輩の左五郎をなだめつつ話を聞くと、街道脇の林の中に銃で撃たれた天狗がうずくまっていたというのだ。

「本当に天狗であったのか?熊か何かでは無いのか?」訝しげに新蔵は訪ねたが、左五郎は間違いないの一点張りだった。

「全く頑固だな。殿どうなさいますか?」

「こういう時は直接確かめるに限る。が、あまり大人数で行くのも良い策とは思えぬ。そちと案内に左五郎。あと鉄砲組の甚八を呼べ。」

「些か少なすぎませぬか?万が一熊であったならいかがします?」

「念のため呼子笛を持て。」

久直は馬を下りると、左五郎を案内に天狗がいるという街道脇の林へと走って行った。

しばらく街道を走り、街道脇の林に入り込むと左五郎は、

「こちらです。」そう言って街道脇とは思えないくらいの藪の中を進み始めた。

かなり林の中の藪を漕ぎ、背後の街道が見えなくなった位進んだ先の藪が押しつぶされたようになった辺りに、大きな塊のようなものが横たわっていた。

「これは一体?」

「少なくとも熊ではありませぬな。」新蔵の言葉に久直は頷いた。

そのまま近寄ろうとする久直を甚八が止めた。

「殿お待ち下さい。私が先に参ります。合図をしますのでそれまでお控え下さい。」

甚八はそう言い残すと少しづづ塊へと近づいていった。

今回鉄砲組の甚八は鉄砲の腕を見込まれての供では無く、鉄砲に関する知識を買われてのお供であり、御役目中出番が無いことが最も良い事であったが、今回奇しくも出番が巡ってきたのだった。

程なく甚八からの合図があり、久直達も近づいていった。

側に寄ってみると獣で無いことは明らかで、人並み以上に大きくはあったが、修験者のような出で立ちに背中からは羽が認められた。

「これは、天狗なのか?」久直は未だ半信半疑ではあったが、目の前の存在は明らかに人ならぬ者『天狗』であった。

「本当にいたとは驚きですな。いやはやどうしたものか。」

少し離れた場所から見ていると、大きな塊が寝返りを打つよう動いて

「ううっ」うめき声を上げた。

見ればかなり出血をしているらしい。が、生きてはいるようだった。

「これはいかんな。甚八傷を見てやってくれ。」

「はっ。」短く答えるとすぐさま天狗の元に駆け寄って撃たれた辺りを確認し始めた。

甚八の直ぐ後ろから久直は、天狗へと語りかける。

「その方、今傷を見ておる安心いたせ。」

「うっ」天狗はうめくだけではあったが、抵抗する様子はないのでそのまま甚八に様子を見させた。

血はなんとか止めたものの、かなりの重傷ではある。

「殿、ここに玉が残っております。取り出しますのでご助力願います。」

「心得た。で、何が入り用だ。火をおこしてきれいな水は直ぐに用意させる。」

「ありがとうございます。後は荒縄数本と手ぬぐい、出来ればもう少し手元の見やすい明るい場所へ動ければ有り難いです。」

久直は深く頷くと、

「新蔵!お主は薪と鍋一杯のきれいな水をもて。左五郎は荒縄五本ほどと手ぬぐいの新しいのを集められるだけ持ってまいれ!」

命じられた二人は飛ぶように街道の方へ駆けていった。







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