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第一話 闇夜の烏

華のお江戸は八百八町。

往来に人は溢れて西へ東へ。

その賑わいは日の本一。

喜怒哀楽が一つに集い、時の流れをつむぎ行く。


 そんなお江戸も黄昏時が迫りだし、夜の帳が降り始めると昼の賑わい何処へやら、

吉原辺りを別にすれば夜の静寂に沈み行くと、町の木戸木戸はしかと閉まり、

往来に溢れていた人々の影も無く、ただただ眠りについていた

 その夜もまた、静かに眠るはずの江戸の町。

 時はあたかも草木も眠る丑三つ時。


 その安眠を破るが如く、突然、夜空に呼子の甲高い笛の音が響き渡った。

「曲者だ!曲者が出たぞ!!」

「こっちだ、早く!」

 呼子の笛の音と共に、捕り方達の叫び声と怒号が飛び交い、

袖絡みや刺股、突き棒などの捕縛道具を手にしたもの達が御用提灯の明かりの中、

捕り方の軽輩達が辻々を走り回って右往左往している。

 やがて

「あそこだ!」との声と共に龕灯がんどうが照らすその先へ浮き上がる人の影。

「烏小僧!神妙にお縄に付け!」

 その場を取り仕切っていた同心の一人が影に向かって叫ぶと、梯子はしごを持った捕り方達が一斉に人影の立つ建物を囲み始めた。

 烏小僧と呼ばれた影は同心達に一瞥くれるような仕草を見せると、建物の上から急に姿を消した。

「な、屋根の上に居たはずなのに!?」

 次の瞬間、大勢の捕り方が居る真ん真ん中へ烏小僧が姿を現した。

 捕り方達は完全に意表を突かれると、金縛りに遭ったが如く身を固くして動けずに居た。

 やや華奢に見える肢体を覆う全身黒尽くめの出で立ちに、烏を模した漆黒の面を被り、腰帯に小さな袋を掛けている他は丸腰で、得物一つ持たずに捕り方の中に現れるのは豪胆とも軽率とも見えた。

「何をしている、早く捕えろ!」

 捕り方達は同心の声に弾かれるように、手にした得物を烏小僧に向けて襲いかかった。


 烏小僧はかすかに見える口元に笑みを浮かべると、その場に居た捕物を踏み台にして在らぬ跳躍で再び屋根の上へと戻り、屋根の上を駆けていった。


 道や辻の間を縫って追ってくる捕物達を嘲るかのように屋根から屋根へと飛び移ると、捕り方達の声が遠くなった場所でふと立ち止り、

 周りを見回すような仕草を見せた後、一点を見据えて小さくうなずいた。

 烏小僧が見据えた先には小さな灯がチラチラと見え隠れし、何かの合図を送っているようだった。

「上手くいったようだね。」

 そうつぶやいた烏小僧は何やら呪文のようなものを唱えると、漆黒の闇の中をその名の如く羽を広げて飛び去っていった。

 烏小僧が飛び去った直後、捕り方達が大挙してたどり着いたが、その姿を見つけることは出来なかった。

 水も漏らさぬが如く四方から包み込み、追い込んでいたにも関わらず。


 翌日、市中には思い思いの刷り物を手に、昨夜の事件を面白おかしく伝えようとする読売達が市中を歩き回っていた。

 何分にも虚実を取り混ぜた内容だけに、書いている事はまちまちながら幾つかの共通項もあった。

 一つは襲われた先は大店で、しかも悪名高い商人だったと言うこと。

 もう一つは盗まれたのは銭や一分金などの類いで、大判小判には手を付けていないこと。

 そして何よりも、盗んだ金品を惜しげも無く貧しい者達に配る義賊だと言うことだった。

 義賊のおかげで刷り物は飛ぶように売れてゆく。


 悪党を懲らしめ、庶民を助ける。

 義賊「烏小僧」は江戸の町の人気者だった。


 しかしながら、義賊はその夜を境にぷっつりとその姿を見せなくなった。


 

 そして三月みつきが過ぎ去った。




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