第四章『弱者女がいきがってんじゃねえ』
一人称(A《表》)
好きな人がいきなり教室から出ていった、本当になんの前触れもなく。同級生の健人が亡くなったことが彼女にとって相当辛かったのだろう。そうだ、彼女は優しい人なのだ。同級生の訃報を耳にして冷静でいられるはずがない。
「ちょっと、黒谷君!?」
本能が理性を追いこした、と感じたときには、もう俺は席を立って教室から抜け出していた。
「佐川っ……!」
ひとり教室から出ていった彼女を放ってはおけない。彼女の精神状態がどんなものなのかは分からないが、それでも躊躇なんてしている暇はない。
「くそっ、どこだよ……」
彼女が歩いていった方向に向けてとにかく走る。廊下を走るな、なんて教師たちは口うるさく注意してくるけど、まぁ、今だけは許してくれよ……!
「フッ……フゥぁ……」
どこだ? 彼女はどこに行ったんだ? 彼女の姿がどこにも……
カン、カン、
開いた窓から吹きつける緑風が、誰かが階段を上る音を俺に届けてくれた。
「そっちかよ……!」
屋上だ、あの階段の先にあるのは屋上しかない。
「ふざけんな……」
屋上に行って何をする気だ。このタイミングで屋上に行くってことは、つまり、それは……。
「させねぇよ……」
認めない。認めたくない。俺の本能が、その可能性を真っ向から拒絶する。
「間に合え……」
あとほんの数メートル。
「死なせてたまるか……!」
させない。そんなこと絶対にさせない。
『それはねー、秘密!』
はじめてその笑顔を見たとき、雷に打たれたような衝撃を感じたんだ。あの日から、俺の人生はまるっきり変わってしまった。あの笑顔を見るためならどんな犠牲を払ってもいいと思ったし、あの笑顔を守るためならどんな犠牲も厭わないと、そう誓った。
だから。
だから。
だから。
俺の希望を、人生の意味を、失うなんて絶対に嫌だ。
「くっ……!」
勢いよく伸ばした右手が、冷たいドアノブを掴む。間髪いれずにそれを回し、全体重をかけてドアを奥へと開く。その先に待っていたのは────
◆
「黒谷くん……?」
佐川は怪訝そうな瞳で俺を見つめた。
「なに、してんだよ……」
俺は息を荒らげながらも佐川に問う。彼女はまだ困惑した様子だった。
「……色々、考えてた」
色々、か。もしかしたらその色々の中には、最悪の可能性も含まれていたのか……?
「こんなとこもう出ようぜ」
兎にも角にも佐川を屋上に留めておくわけにはいかない。
「うん、もともとそのつもりだよ」
「……そっか」
どんな思考があったのかは分からないが、最終的にはその選択は選ばなかったようだ。なら、よかった……のか? 佐川の瞳には何の迷いもない。純粋でまっすぐな瞳だ。彼女はこれから何をするつもりなんだ? もしかしたら、あるんじゃないか? 自殺よりも酷い可能性が。健人が死んだことで、複雑な心境の変化があったんじゃないか? だとすれば、彼女はいったい何を考えて、これから何をしようと……
「好きだ」
自然とそんな言葉が漏れた。あぁ、言っちまった、なんて後悔はリニアモーターカー並みの速度で大気圏へと吹っ飛び、代わりに、何ともいえない満足感が、冷たい夏風に晒された俺の全身を優しく包み込む。
「え……?」
「突然で悪い。けど、俺は君が好きだ。明るい天使みたいな君のことが。いつも君の笑顔に救われたんだ。俺がその笑顔を守るって決めたんだ。だから、そんな顔もうやめてさ、いつもみたいに笑おうよ。そりゃ辛いよ。俺だって辛い。苦しいし悲しいし、胸が締め付けられる思いだよ。けど、君に涙は似合わない。その笑顔が、その優しさが、いつもたくさんの人を救ってきたんだ。俺が隣で支えるからさ、だからさ、もう帰ろうよ一緒に」
「…………ごめんなさい」
◆
一人称(A《裏》)
は? は? は? 何言って?
「どういうこと?」
「私は健人くんのことが好きだった。だから、健人くんが亡くなったすぐに、あなたと付き合う気になんてなれない、それに、今はやるべきこ」
「ふざけんな 」
だっておかしいじゃないか、そんなのおかしいじゃないか、言ったじゃん、お前言ったじゃん、1日前か2日前か3日前かわせたけど俺のこと好きみたいなは? 虚言癖やめろ、行って良いことと悪いことあるさだろふざけんの、このクソ女。あ?誰?てか誰?こいつ誰?まじで誰?ほんとに誰?俺?それとも君?女?男???
「ねえ」
「私はやることがあるから、じゃあね」
あー痛そう。けど君が悪いんだよ、そんな事言うから。ほら、腹部にもう一発、フルコンボ
「ちょっと、何して」
「黙れよクソ野郎、自業自得」
おもちゃみたいだ。
「やめてよ!」
うるさい、これが黄色い声というやつか?
「ねぇ!」
痛!? なんだ、なにしやがった? ふざけんな俺の神聖な顔に傷付けんじゃねえよクソビッチ死ねよ。
「やめろって言ってんじゃん!」
?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!
「なにしやがゆぁクソ!」
「そこどいてよ、私にはやることが!」
「うるせぇ!」
死ねば良い、いや、そうだ名案
「あああぁぁ!」
落とす、落とす、落とす!
「何やってんの!」
くっそ、力強えなこの女。女は力が無いって相場が決まってるもんだろ、弱者女がいきがってんじゃねえ
「おい、やめろ、なにする」
「うるさい! のかないんなら殺すしかないじゃない!」
は???? こいつ頭いかれてんのか? 殺すのは俺の方だろうがよ!
「ああ!」
やばい、屋上から突き落とされた。 このままじゃ死ぬ、まずい、ど
隕石が降って世界は終わりました。
それ以上でも、それ以下でもありません。