第三章『銀河系ほどに膨らませたって、それでも』
一人称(神)
言わずもがな、この作品はフィクションである。彗星が降ってきて地球が滅亡するなどといったおかしな設定は、こちらで用意した夢物語だ。そもそも、この世界における「地球」は、これを読んでいる人達が知っている「地球」とはまた別物なのだ。私がこの作品のために創造した舞台。また、それは人物にも同じことがいえる。作中に登場する人物は5人ほど。主人公の黒谷明人、彼の友達である高杉夢斗、中島、ヒロインの佐川透子、先ほど車に轢かれた健人。彼らも、私がこの作品のために、少しばかりの悪意を込めて創った者達である。
ここで断っておくが、この作品は恋愛小説でもなければSF小説でもない。地球滅亡に相対する黒谷たちの成長や、心情の変化を描こうなどといった狙いはさらさら無い。この作品にテーマがあるとすれば、それは『不信』『疑惑』といったネガティブなものになるだろう。そのために登場人物には意図的にいくつかの仕掛けを施したし、また、彗星衝突などという「全く持って意味のない設定」を付けたのである。地球が滅亡する確率は0.5%にも満たないと叙述したが、実際のところ地球が滅亡しようがしまいが私としてはどうでもいいのである。
さて、何故こんなことを長々語ったかというと、ある程度情報が公開されていないと、小説としてアンフェアになってしまうからである。この駄作の真実を読み取ることに大した意味はないし、そもそもそんなこと、こちらとしては求めていない。だが、このままでは本当に意味の分からない三文小説になりかねないため、この場を設けさせてもらった次第である。
──では、話を元に戻そう。
一人称(C)
────好きな人が死んだ。
◆
先生からの話は最低限のものだった。もちろん教室には異質な空気が流れ、みんなの嗚咽の音が静寂の中に響きわたった。私はというと逆に冷静になってしまって、何でこんなことになったんだろう、これからどうすればいいんだろうなんて考えている内に涙も逆流して遥か彼方に去ってしまっていた。
「ぅ…………」
言葉にならないうめき声が漏れる。
「ぅ゙ぅーー…………」
もう駄目だ。希望が見えない。昨日までは確かにあった光が、あんなに輝いていた気持ちが、さんさんと燃えていた情熱が、今となってはどこを探しても見つからない。辛い? 苦しい? もはやそんな簡単な言葉では言い表せない感情が、私を徐々に蝕んでいく。
「──? ──ん? ──さん? ──佐川さん!?」
先生が私の名前を呼ぶ。それは分かる。だが、そこに込められた真意が読み取れない。そんなものに脳のリソースを割く余裕がなくなってきている。なんで先生は私の名前を呼んでいるんだ? 少し考え、、、あぁそうか、私がいきなり教室から出ていったからか。
カン、カン、カン、と連続的に響き渡る無機質な音が私の鼓膜を震わせる。床を踏む音、階段を上がる音、屋上へと向かう音。
カン、カン、カン、ガチャ。
ドアを開く。
重い。
冷たい。
光が差し込んでくる。
これは希望の光?
それとも……
ガチャン。
ドアを閉める。なんとなく空を見上げてみる。何か光ってる。太陽? けど、なんか、動いてる?
地球の公転はこんなにもはやかったっけ……? いや、違う、さすがに違う。あれは、太陽じゃない、もっと別の、そう、別の何か……。
そうだ、彗星だ。ディナクルとコナクルとかって名前の。あれが降ってきて地球が滅亡するなんて話があった気がする。
降ってくるのはいつだっけ? えぇと……。あぁ、そうだ、今日だ。思い出した。私に残された時間はもうあとわずかしかないんだ。
だとして、何をすればいい?
希望を全て失った私は、最期の瞬間をどう迎えればいい?
『体調悪いなら無理すんなよ』
ふと、彼の言葉が蘇った。
彼は優しい人だった。自分が辛いときでも、いつも周りの人のことを考えてくれていた。かといって、それを周囲にひけらかすような性格でもない。ほんとうに優しい人だったのだ。
「新宿市……」
彼は新宿市で交通事故にあって亡くなった、と高杉君が涙交じりに話していた気がする。残り短い余生、彼のために使わないで何をしろというのだ。
『重いだろ、俺が持つよ』
そんな些細な気遣いが嬉しかった。彼と話していると心が暖かくなって、ちょっとした日常が輝いて見えた。それもこれも全部彼のおかげだ。彼には本当に感謝している。「ありがとう」の気持ちを銀河系ほどに膨らませたって、それでも、まだ足りない。それぐらい感謝しているのだ。
「よし、行こう」
手始めに花屋に行こう。今持っているなけなしのお金を全て使って花束を買って、それで事故現場に向かおう。十分な弔いになるかどうかは分からないけれど、それでもやることに意味はあるはず。
ガチャッ。
ふと、扉が開く音がした。
地球滅亡まであと2時間