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俺は有名人たちである。  作者: ミカノミカ
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第一話「俺は有名人。」

 詳しいことは俺も覚えていないが、昔にマズローの欲求五段階説というのを見たことがある。それは人間の欲求はピラミッド型になっており、「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」の順に重なっている。そしてある欲求が満たされるとその上の欲求が現れるという。


 ただ、この俺「(わが)アルト」のピラミッドは歪であると言わざる負えない。俺は幼い頃からその欲求を満たしたいと奔走していた。そのための努力は惜しまず、あらゆる方法を尽くした。その欲求は…


「よし、今日はこれで終わりにしよっかな。んじゃあ、ばい…プツン」


 俺は接続が完全に切れたのを確認すると、マウスから手を離しヘッドフォンを外す。


 よし、今日の配信も成功だろう。風呂上がりのエゴサが楽しみだな。


 防音室の扉を開けるとリビングに向かい、電気のスイッチを手探りで探す。誰もいない静かな室内は、どこか物寂しいものを感じさせる。


 明かりを灯すと今度はキッチンへと向かう。冷蔵庫から水のペットボトルを取り出すと腰に手を当てながら喉へと注ぐ。半分くらい、約1lほど飲むと、元あった場所へと戻そうと手を伸ばした。その時、中に置かれていた大量のペットボトルを倒してしまったが、気にすることなく冷蔵庫の戸を閉めた。


 三十分程、風呂を堪能するとお気に入りのコ文字のソファで横になりながらスマホを眺める。


【アルのゲーム配信マジでおもろいなぁ】


【なんであんな神回ばっかなのw】


【最後の配信ぶち切りは面白すぎw】



 どうやら予想通り、満足のできる配信ができたようだ。よし、そろそろ寝るか。


 時刻は既に0時を回っていた。俺は身支度を整えるとセミダブルのベッドへと倒れるように眠るのだった。


 入学式シーズンから少し経った四月の後半。俺はいつも通り通学路を走っていた。駆けながら鞄を肩に掛け直すと腕時計を確認する。針は八時十分を示している。


 まずい、まずい。流石に三日連続は言い逃れできん!


 最高速で住宅街を駆け抜けるが、校舎はまだ見えない。そして、遂に校門が目に入るとスピード更に上げて、今にも締まりそうな門の隙間に狙いを定める。門に手を掛けるのは生活指導の白髪国語教員。刹那の間に二人の視線が交わる。これは勝負である。負けられない闘いである。俺は肩からずれ落ちた鞄を振り回しながら駆ける駆ける。校舎に取り付けられた大きな時計が定刻の三十分に長針を合わせ、チャイムが鳴り響く。


「うおおおお!!」


 雄叫びと共に俺は1mの隙間に飛び込んだ。


「よっしゃあ!!セーフ!!」


 ガッツポーズを青空に掲げながら肩を大きく揺らす。しばらく歓喜に浸っていたが、突然頭部に衝撃が襲う。


「普通にアウトだよ。ほら学生証だして、あと今月で三回目だから放課後、特別指導な」


 優しそうな顔とは裏腹にノートで叩いてきた彼は、淡々と学籍番号を書き留めた。俺は肩を丸めながら教室へと向かう。目立たないように教室の後方の戸をゆっくりと開ける。しかし、知った顔の友人は俺の顔を見るや否や、嫌な笑みを浮かべて大きく口を開く。


「おいおいアルト〜社長出勤か〜?」


「ちょ!おまえ!」


 彼の一言で教室の視線は俺へと向けられる。俺は咄嗟に鞄で顔を隠し、席へと素早く座る。そして、犯人の男「穂凪(いなぎ) (とおる)」を睨みつける。


「やりやがったな覚えてろ」


「おいおい、そんなこと言っていいのか?お前の秘密をバラしたっていいんだぜ?アルト」


「っく、下衆が!絶対お前なんかに屈するものか!」


「っふ、その程度の力で我を倒せると思うな」


 何かしらの漫画っぽいポーズを二人して真似していると教卓の方から女性の声がする。


「ほら、そこの二人、馬鹿やってないで席着いて。ホームルーム始めるよ」


 白衣姿の彼女に注意された俺らは大人しく席に座り、互いに視線を打つける。


(お前のせいで怒られたぞ)


 透を睨みながら口だけそう動かす。


(遅刻する方が悪い)


(コノヤロォ)


(おいおい、そんな態度とっていいのか?お前がゲーム配信やってるのバラすぞ?)


(この人でなし!)


 彼は鼻で笑うような仕草をする。俺はそれを見て苛立ちを隠さずにいると、またもや注意を受けることになった。


 そして、淡々と時間は流れ、気付けば四限の国語が始まっていた。朝、俺を捕まえた及川先生である。彼の穏やかな声色は昼間の日差しと重なり眠気を誘う。俺はしょぼしょぼした目を窓の外へと向ける。


 運動場では授業が行われており、男はサッカーで女は短距離走をしているようだ。ボールを回しながら声を大きくして笑う者もいれば、柔軟にストレッチをしている者もいる。なかには、どうやら恋仲の者もいるらしく、手を振り合って照れ臭くしていた。


 恋人か、今まで忙しくて考えたこともなかったな。もし彼女ができたら一緒にご飯とかを食べるのかな。膝枕とかもしてくれたり、何処かへ旅行に行ったりするのかな。恋か、恋か…


 恋しよう。


  昼休み、俺と透は中庭のベンチに座っていた。そこは日の当たらない角で人気がない。俺らはよくここで昼食を共にしていた。


「なあ、恋ってどうすればできるんだ?」


 購買で買った菓子パンを貪りながら透に尋ねた。


「え?どうしたんだ、急に」


「いや…なんというか、最近物足りなさを感じてな」


「ほう、承認欲求の怪物からそんな言葉を聞けるなんてな」


「なんだ?悪いか?」


「いやいや、幼馴染として、いや、父として嬉しい限りだよ」


「いつからお前は俺の父になった。んで、どうやったら恋愛できるんだ?」


「お前だったら、その変な変装辞めたら直ぐだろ?国民的俳優様」


「それは嫌だ。俺は普通の恋愛がしたい」


「お前って変なプライドあるよな?じゃあ、そうだな…ってかお前好きな人とかいるのか?」


「好きな人?えっと…与謝野晶子?」


「お前はまず好きな人を見つけるところからだ」


 透が呆れたような顔をした。


「好きな人ってどうやって見つけるんだ?」


「はあ…そんなん、いつの間にか見つかってるもんだよ」


 俺は理解できず、首を傾げて眉にシワを寄せる。透は空になった弁当箱を袋に仕舞い、箸を杖のようにして、俺の頭を指した。


「てかお前、その変な髪型で変装できてると思ってるのか?」


 今の俺の髪型は家に居る時とは異なり、前髪を目元まで伸ばし、ボサボサと寝癖が残っていた。


「眼鏡も掛けてるし完璧だろ?現にバレてないからな」


「それが学校七不思議の一つだよ。まったく…」


"キーンコーンカーンコーン…"


 チャイムの音が鳴り響き、俺らは急いで教室へと戻った。


 そして、五限が終わり休み時間が始まった。俺はいつも通りに顔を伏して、この少し余りの時間を睡眠へと費やそうとする。すると、不可抗力だがクラスメイトの女学らの会話が聞こえる。


「リオン様のドラマめっちゃ楽しみー」


「あーね、もうすぐだっけ?」


「うん!リオン様ぜんぜんドラマとか出ないから久しぶりにテレビで観れるの嬉しすぎる」


「リオンってプライベート謎だよね。どんな生活してるんだろ?」


「それはーやっぱグラス片手にクラシックでしょ!」


「それは夢見過ぎ。でも確かに気になるわね。最近の芸能人とかはSNSで動画出してるんだから、リオンもやればいいのに」


「ねーやったら絶対観るのにー」


「アンタはどうせアルくんしか観ないでしょ?」


「アルくんってこないだ話してたゲーム実況の人?」


「そうそう……」


 そんな日常的な会話だが、彼女達は知らないだろう。その俳優「我リオン」とゲーム実況者「アルくん」が同一人物であるということを。


 俺は国民的大人気俳優である。数年前に突如として現れた俳優で、その演技と美貌にドラマの主演へと抜擢された。そのプライベートは謎に包まれており、テレビへの出演はほぼない。しかし、人気があるのは確かで、日本で知らない者は少ないだろう。


 そして、家に帰ったら俺は大人気ゲーム実況者となる。数年前から活動を開始した覆面配信者でSNSでゲームのプレイ動画を投稿したりしている。


 この二人は世間では別人だと思われている。しかし、透を含めて数名のみだけが彼等は同一人物「我アルト」であると知っている。


 何故こんな面倒なことをしているのか。例を交えて説明させてほしい。どこかに大人気のアイドルがいるとする。その彼、もしくは彼女がSNSで動画配信を始めたとした時、そのフォロワーは何処から来たのだろうか。殆どがアイドルのファンからだろう。


 俺はなるべく多くの人間から認められたい。もしも俳優という立場でSNSを始めたとしても、その名は俳優である「リオン」のファンのみで止まってしまう。だから、俺は別人になりすまして多方面からの承認を集めるのだ。


 理解ができないとよく言われるが、それが事実であり俺が行動する原理なのだからしょうがない。


 

 恋の相談を透にしてから数日が経ち、俺はテレビ局へと向かっていた。そこは人気のない裏口、警備員が一人だけ立っていた。


「すみません。身分証をお願いします。」


 彼は通ろうとした俺を呼び止めた。俺は財布を取り出し、中から特別に貰ったカードを取り出す。


「確認させていただきます。えっと…リオン様と…え!リ、リオン様?!」


 俺の顔を二度見して、驚愕の表情を浮かべた。


「お疲れ様です。これどうぞ」


 ビニール袋に入ったエナジードリンクを渡すと俺はそそくさと中へ入って行った。


「あ、ありがとうございます!」


 感謝は照れ臭いな。そのエナジードリンクは『アルくん』へのプレゼントで沢山あって、渡しただけなのだが。


「リオンさーん!」


 元気な女性の声が聞こえ、後ろを振り返るとブカブカなシャツに短パン姿の小さな女の子が此方へ駆けていた。


「もう!駅で待ち合わせでしたよね?」


 彼女は頬を膨らませて睨みつけてくるが、その様子はハムスターを想像させる。


「だってマネージャー、いつも私服で来るじゃないですか?そんな格好じゃあスキャンダルだと思われちゃいますよ」


「服は女性の戦闘服なんですよ?」


 今度は小悪魔のような彼女に俺は苦笑いをする。マネージャーにしては、いや、人としても癖のある女性だが、彼女のコロコロ変わる表情に救われてもいるので何とも言えない。


「はあ、とりあえず仕事しましょう」


 今日は来月放送となるドラマのインタビューだ。いつもはこういうのは断るのだが、マネージャーの春香(はるか)さんが強引にことを進めてきた。


「失礼します。リオンのマネージャーの春香です」


 彼女は控え室のドアをノックするとそう言った。すると、大きな物音の後、勢いよくドアが開かれた。


「リオン様!ようこそいらっしゃいました!今日のインタビューを担当させて頂きます、竹田と申します」


 飛び出してきたのは丸淵眼鏡を掛けた中年男性だった。彼は俺を手を掴むと上下に激しく振った。


「私、実は大ファンで、今日を楽しみにしてたんですよ!さあ、さあ、こちらへどうぞ」


「は、はい」


 勢いのまま案内された席に座ると、直ぐに今回のインタビューについて書かれたレジェメを渡される。そして春香さんが竹田と名乗った男と打ち合わせをし始めたので、俺はその紙に目を通す。


 数分経った時、扉をノックする音がした。


美花(みか)のマネージャーです。遅れてしまい申し訳ありません!」


 そう言ったのはスーツ姿の若い女性だった。走って来たのか肩を大きく揺らし、掛けている眼鏡はズレている。


「本当にすみません。甲斐田(かいだ)美花です。よろしくお願いします」


 彼女の背後から可憐という言葉が似合う少女が現れた。白いワンピースに身を包んだ彼女は申し訳無さそうな表情をしていた。


「いえいえ、前の仕事が押しちゃったのでは仕方がないですよ」


 竹田はそう言うと「さあ、どうぞ」と椅子を引いた。そして、今度は美花のマネージャーを含めての打ち合わせが始まる。すると、向かいに座った美花が、声を抑えながら話しかけてきた。


「遅れてすみません、リオンさん」


「いえいえ、忙しいのはしょうがないですよ」


「そう言って頂いて有難うございます。リオンさんは優しいですね」


「これくらい普通ですよ」


「いいえ、リオンさんは優しいですよ。ポッとでの私を面白くない思う人なんて沢山いますから…」


 彼女の表情が少し暗くなる。俺は堪らず口を開いてしまった。


「夢を追いかける人って、格好良いって思いますよ」


「え?」


「人ってどうしようもなく汚くって、弱くって、他人を見下さないとやってけないんですよ。自分より下の存在を確認することで今の立場に安心したがるんです。


でも、それって下を見がちって事なんですね。自分の今に安心して、動こうとしないんです。


だから、夢を追いかける人って凄いんですよ。ひたすら高みを目指して駆けるのって誰でも出来ることじゃないと思います。」


 最近、彼女は驚いていたが、今は真剣な表情をしていた。


「すみません。知ったような口で」


「いえいえ、とても為になりました。なんだか元気出ました!ありがとうございます!」


 そこからは早かった。全体で軽い打ち合わせをした後、インタビューと宣伝動画の撮影をした。カメラマンらが録画の確認をしている間、俺はお手洗いへと廊下へと出た。


「あ、リオン様!お手洗いですか?だったらそこを右に行った所ですよ」


 竹田さんが向かいから歩いて来た。


「ああ、ありがとうございます」


 軽く会釈すると彼の横を過ぎた。その時、何故か彼から冷たい空気を感じる。


「ちょっと質問いいですか?」


 先程の声色の高さとは打って変わって、低い声色で彼が言った。


「ええ、どうしました?」


 俺が振り返り彼の顔を見ると、その瞳には何か黒い靄が見えたような気がした。


「何かおかしいと思ったことはないですか?」


「え?」


 俺は困惑を隠せないほど動揺していた。職業柄、演技には自信があったのだが、それでも動揺してしまうほどの心当たりが、その質問にあった。


「きゅ、急にどうしたんですか?」


 しばしの沈黙の後、「何でもないです」といつもの明るい竹田さんで、彼は戻って行った。


 帰宅後、俺はその言葉を忘れられずにいた。それは棘のように心に引っかかっていた。


 何かがおかしい…か…


 夜食の味を忘れるほど、その晩は落ち着かないのであった。

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