SEAEYEAIR
卒業してから5年程が経った頃だった。
同級生の訃報が相次いで届き、久しぶりに皆と顔を合わせた葬儀の折に、あの時の話をやたらと気にする連中がいた。
亡くなったのが白鳥と羽田だったが、羽田は家族葬だからと皆が白鳥の葬儀に参列していた。
嫌われ者とはいえ卒業してまだ5年。嫌いだ何だより同級生の枠組みに学校行事のようなものだった。
当然、当時のアレを想起するには十分なシチュエイション。
あの日、二人と同じくアレを歌って苦しみ悶えた連中が、次は自分じゃないかと怯えている。
その一人が翼だった。
翼は白鳥と同じバイトで最近まで一緒に遊んでいたらしく、儲け話にアフィサイトに手を出していたらしい。
そこで二人が目を付けたのが微妙にブームが去ったばかりの怪談話で、あの日の話を掲示板を宣伝目的に誰かを標的に叩いてはマウントを取り
盛った話が広まった所で二人が書いた半分作り話の詳細がココにあるぞ! と、アフィサイトへと誘導する気だったようだ。
けれど、そんな矢先に白鳥は轢き逃げされて亡くなった。
犯人は手がかりもなく逃走中。
翼はあの日の事をネタにしたから呪いが復活したんじゃないかと、自戒に懺悔をするように後悔ばかりを口にして涙を流ししどろもどろに嗚咽を漏らす。
それから一月後、自壊した翼も亡くなった。
白鳥の葬儀での翼を見ていた者なら自殺だろうと思っていたが、運悪く急性アルコール中毒により寒空で寝た事によるものだった。
その不運の死が、逆にあの日発症した他の面子を怯えさせていた。
程なくしてまたも葬儀で顔を合わせた同級生の中で、ひと際悲壮感を漂わせる23人が端の方に集まっていた。
その中の一人が私の顔を見た途端、私を指して皆に知らせると一同に私の方へと迫ってきた。
「助けて! 私達、あのドナドナの呪いで殺される!」
「あの日も貴方が皆を救ったように私達を助けてよ!」
「頼む!」
「何でもするから!」
「必要なら金も揃える!」
こいつら私をどんな目で見ているんだ?
守銭奴か陰陽師か坊さん神職辺りの類に見えているとしか思えん扱いにイラッと来る!
「あの! 私、ただオカルトが好きなだけの馬鹿なんですけど……」
「ごめん! あの時は悔しかったからそう言って……」
「俺も、あの時は馬鹿にしてごめん!」
馬鹿にしてたんかい!
いや、こいつらマジで必死だな。
回復して学校に戻ってきた後、私のマイクでの呼びかけをネタにし始めてオカルト博士のアダ名にされた私は、何かと怖い話が出る度ネタに呼ばれる面倒に
こいつらの言う怖い話も幼稚で下らな過ぎて、私は卒業するまで距離を置いていた。
それが今更……何?
とは思ったけれど、ソレはソレ、コレはコレ。
あの日の牧場主との話を思い出したせいか、少し気にはなっていた。
白鳥と翼が作っていたというアフィサイトの宣伝目的で掲示板に書いたあの日の話が!
後日そのサイトを見るからサイト名かURLを送ってと言ったが、皆で確認したいと悲痛に怯える声に仕方なく、無駄に大きな門構えの羽鳥家の広く豪華なリビングで見る事になった。
総勢24名が居て尚も皆でモニタリング出来る大きなスクリーンに例の掲示板が映し出される。
私は個人的に読むためノートパソコンの方で読んでいた。
二人の書き込みに誰も喰い付かずに流れるコメント欄、怪談ブームが去った事を痛感させられる。
口惜しかったのか話を盛り出した白鳥と翼の作り話しも痛々しく、私みたいなオカルト好きを馬鹿にしていた連中が作る話じゃそお易易とオカルト好きは釣れないだろうに……
首が飛び回る、肉片が動く、カウベルが鳴り響く、鮮血が散る、だのと安直に起きた事象にホラーっぽいものを付け加えているだけだった。
一度だけコレを書く白鳥と翼に参加しないかと誘われ羽田と一緒に白鳥家に行ったという牧田さんは、次は私だと言って葬儀の時と同様に怯えている。
コレを読む限りは特に問題は見当たらなかった。
アフィサイトの方も見てみたが、彼等が都市伝説として掲げた話のタイトルがあるだけで、話も掲示板で盛ったせいか完成もせずに中途半端な状態になっていた。
「特に呪われるような部分は見当たらないけど、盛った分だけ話が見えなくなってるし……」
「本当に?」
一斉に23人にも問われると何かがないといけない気にもなるが、私が知っている事に触れている部分は無いのだから言いようもない。
ただ、亡くなった三人がコレに絡んでいた事だけが気がかりで、確かに牧田さんが怯えるのも無理はないとは思えた。
それもあって一応に
「私、大学も今は暇があるから、空いた時間に他に何かないか調べておくよ」
そう言うと、皆一様に安堵の顔を見せ、46もの瞳から解放された。
けれど、それから二週間後。
親が旅行中の羽鳥家は焼け落ち彼は亡くなり、そこに牧田さんの遺体も並んでいた。
当初は身元不明だった牧田さんだが、親も公認の付き合いだったらしく、出て行った折にも羽鳥家へ行くと伝えられていた事から歯型等の鑑定により確定したようだ。
私のもとに42になった瞳が押し寄せた。
次は自分だ! と、言って争う死にたがりのような台詞で死にたくないと言っては葬儀もそぞろに怯える男女の集まり。
傍目にもそれが例の呪われた集団だと判るだけに、皆も呪いから離れようと遠目に冷たい視線を向けている。
元々が他人を蔑み虐めを主導していた連中なのだから自業自得でもある。
それを今更咎める気もないが、虐めをやっておいて被害者面して酷い酷いと言うのもおかしな話にも思えるからこそ、私は何も言わずにそこにいた。
むしろ葬儀に参列してくれるだけマシだと思え。そお言いたい気持ちもぐっと抑えていたのだけれど……
「あの野郎、掲示板に名前書き込んで呪いに引き込んでやろうぜ!」
その暴言に私はキレた。
「あああぁぁ、それがあなた達に降り注いでる呪いの根源じゃない? 他者への冒涜が寄せ付ける怨霊の話は最もポピュラーな呪いの代表的要因よ」
一瞬で不安な顔に戻る暴言男と乗り気になってた烏合の衆。
私は別段嘘を言った訳ではない。
怨念を産み出すのが他者への冒涜なのは当然として、呪いの代表的要因なのも怪談話を読めば明らかな事だと解る筈。
知らないからこそ疑いの目を持ち、こちらを睨んでいた。
「何?」
私は自分の好きなオカルトの事を話しているだけに、マニア気質に凛として立っていた気もする。
そこが葬儀場だという事をスッカリ忘れて……
元々助ける義理も道理も全く無いだけに、むしろ今日にまで馬鹿にしていた記録が掲示板に書かれた話の中にも見受けられた。
それこそ、私の怨念と見ても良いくらいに!
そんな私の内面が透けて見えたのか、唯一求め得られる可能性を持つ相手を敵に回したくなかったのかも微妙ながらに、彼等は急にしおらしくなっていた。
流石に同級生が5人も立て続けに亡くなれば妙な噂も立つ訳で、そこに例の呪いの事実が重なれば噂処か呪いの話に尾ひれが付く。
知らない筈の同級生の誰かが、掲示板の書き込みに気付いたらしく呪いの方の噂がたちまち拡散されて、その掲示板が呪いを拡大させて5人を殺した原因だとされていく……
そのせいか掲示板に余計な情報を追記されるような事は逆に成されなかった。
亡くなった霊は四十九日、人の噂は七十五日と、騒動を傍観していた私にどういう経路で伝わって、どうして連絡先を手に入れられたのか、あの牧場主から電話が入った。
まあ連絡先を教えたのは事勿れ主義にシレッと個人情報を平然と流す学校の関係者だろう事は明らかなのだが
「嬢ちゃん、例のアレ覚えてるか?」
いきなりな物言いに当時と変わらぬ私の呼称、私も一瞬で当時の記憶が蘇る。
「……今、それを調べさせられてます」
「調べるなっ!!」
焦りに怒るその声に、意味を理解しそういう調べるじゃない旨を伝えようとするが言葉に詰まる。
「あ、違います。そういう調べではなくて、」
「いいから、絶対に調べるなっ!! いいな! 分かったか?」
聞く耳持たずな心配は、はいと言わなければ私の声も届かない。
「はい」
「よし、絶対だぞ!」
「はい、理解してます。今やってたのはアレに関わってるのがないかを確認していただけで」
「あるよ! あったよ! 思いっきりな! 嬢ちゃん、気付いてないのか?」
少し嬉しそうにも聴こえるその声からして、私に勝ったと喜んでいるような……
いえ、その前に何があるのかに記憶を辿る。
昨今のネット情報から例の牧場主が言っていたSEAEYEAIRの洗脳実験の件も、今は当の米国では公開文書として誰でも読める状態になっている。
オカルト好きがこの手の物に喰い付かない訳がない!
私も各種その類に関わる公開文書を読み漁り、自国の危うさばかりが気になる事に国に対する失望感さえ生まれていた。
その公開文書の中に、テロをした例のカルトが信者にやっていた洗脳実験の大元が記されており、それの被害者の息子が記した告発本をその類に知の有る方が翻訳し日本でも出版されている。
そこから私は13K‐ULA血統の正式名称を理解した。
13KとはMKであり、ULAのUはUL●RAで、SEAEYEAIRの洗脳実験の事を指すMK‐UL●RAの事。
そして、LAとはLaboratory Animals=実験動物。
つまり、MK‐UL●RAを使ったLA=実験動物の事だと解けた。
今はそこまで普通に検索も読む事も容易に出来、それが米国では当たり前に公開されている。
ただ、日本ではそれが伏せられ機密文書だの何だのと、他国では皆知る技術やオカルト話の真実やも無い事にされ、
それを言えば陰謀論者と揶揄すべき対象として馬鹿者扱いになっている。
だからこそ、私が何に気付かず見過ごしているのかに、牧場主の優越感が腹立たしくさえ思えて来る。
「例の掲示板じゃない方だよ!」
まだ考えてるのにイキナリ答えを言ってきた事に一瞬ムッとしたが、それでも私には解らなかった。
掲示板じゃないなら作り途中のアフィサイト。
既に牧場主がそこまで辿り着いていた事には普通に驚いていた。
けれど、あのサイトで考えられる物……
「え、まさか……あの、タイトル?」
「口にはするなよ!」
それが答えと言っているような応えに、タイトルが何に関わるかを想像するに起因の暗号とも思えるが、それは前にも照らし合わせた歌やカウベルの音と同じで具合が悪くリスクも高いその文言に、違う何かだと理解する。
そもそもあの動物実験をしたのはSEAEYEAIRではなかった事からして、別の組織の……
「……あ、作戦名?」
「だと思う」
作戦名と内容が被る情報がアフィサイトとして起ち上がり、それを掲示板で小出しに情報を撒いて行く。
仮にこれが米国に対する裏切りの敵対的作戦の名だったとすれば、これをやろうとした元の組織の生き残りか、または別の組織と勘ぐられても不思議はない。
なにせ例の件は食中毒として処理されているのだから、関係無い学校の生徒の食中毒がそれだなんて米国側が気付いていない可能性も頷ける。
にもかかわらずミッションコードを書く者が現れたなら、それは……
「これ以上の被害を止めるには、アレを起てた子の親に言って、サイト運営会社に消してもらうしかないだろうな」
「ですね。でも掲示板とかの情報全部は消せないだろうから……」
「そこまでは責任取る必要もないさ!」
それから20年近くが経った今、10年前にこの話を聞かせてくれた師匠は5年前に米国に飛び、今は何をしているのか……
都市伝説を安易に触れる事の危険性を、私に理解させる為に警鐘として貴重なこの話の詳細を私如きに教えてくれた師匠の思いとは裏腹に
この国では去ったブームと共に、当たり前だった都市伝説に対する暗黙のルールも理解せず、安直に手を出し他者を危険に晒している事にも気付かない身勝手な輩が増えている。
いくつもの同じタイトルが並ぶその文字に、書いた者達のその後の安否を気にしつつ、私は師匠への想いが巡っていた。
誰かが亡くなる前に日本に戻って来て下さい。
私をオカルト好きにさせた師匠!
SHEEYEALE